【鑑賞眼】東京芸術劇場「Le Fils 息子」 父子の葛藤を切実に - 産経ニュース

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鑑賞眼

東京芸術劇場「Le Fils 息子」 父子の葛藤を切実に

ぶつかり合う父子を、実の親子である岡本健一(左)と岡本圭人が、迫真の演技で見せる(藤井光永撮影)
ぶつかり合う父子を、実の親子である岡本健一(左)と岡本圭人が、迫真の演技で見せる(藤井光永撮影)

観劇しながら、マスクの中で何度もため息を付いた。両親の離婚に傷つき、居場所も生きる意欲も失った17歳の息子と、塞ぎこむ息子に負い目を感じ、手を尽くす親たち。これは自分の物語であり、わが家の記憶である-と感じさせる切実さと、家族の葛藤の生々しさに、正面から向き合わなければならない2時間だった。傍観者ではいられず、当事者の気持ちになり漏れた「ため息」は、褒め言葉である。

1979年生まれの仏劇作家、フロリアン・ゼレールによる「家族3部作」、「La Mère 母」「Le Père 父」に次ぐ最終作の日本初演。認知症の父から見える世界を描いた「父」は、日本でも2019年に橋爪功主演で上演され、高く評価された。映画化された同作「ファーザー」が、今年のアカデミー賞主演男優賞(アンソニー・ホプキンス)と脚色賞を受賞したのも、記憶に新しい。今作では、日仏で「父」を演出したラディスラス・ショラーが来日し、期待を裏切らない手腕を見せた。斉藤敦子訳。

17歳のニコラ(岡本圭人)は、父ピエール(岡本健一)と母アンヌ(若村麻由美)の離婚にショックを受け、同居する母に噓を重ねて不登校に。エリート弁護士のピエールは、再婚相手(伊勢佳世)との間に息子も生まれ、幸せに暮らしていたが、ニコラの現状を知り、彼を新たな家庭に受けいれる。

実生活でも父子である、岡本健一と圭人のぶつかり合いが、演技か現実かと思わせる迫真さだ。父は良かれと思い、息子の環境を変え、転校先を選び、外出を促す服を買い与える。しかし、むしろそうした愛情が、生きるエネルギーを失っているニコラを追い詰め、反発と自傷行為を招く。そしてニコラは、大好きだけれども、元には戻れない「わが家」を自分の中で永遠にするため、ある決断をする-。

今舞台で最大の収穫は、このニコラを演じた岡本圭人だろう。ガラス細工のような繊細さと、時折ふっと顏を出す激情のアンバランスが、思春期の少年そのもの。男性アイドルグループ「Hey! Say! JUMP」の元メンバーで、今作がせりふ劇としては初舞台だが、ニューヨークで2年間、演技の勉強をしただけあって、芝居巧者の出演者らの中で見劣りせず、存在感を放っている。

物語は一貫して、無機質な白い空間で展開。登場する息子、父、母、継母それぞれに、観客が自身を投影できる物語ゆえ、ショラーは国や地域性を排した演出をしており、それは前作「父」と共通する。物語の進行につれ、家族であることの幸福と痛みとが、照明の陰影とともに浮き彫りになり、衝撃的な幕切れへと突っ走っていく。

岡本健一は自信に満ちた父親像が崩れていく過程を丁寧に見せ、もろさのある母親役の若村、複雑な立場の再婚相手役、伊勢も好演。家族のありふれただんらんの場面が、ニコラの悲劇を一層、浮きたたせた。

今作はパリで2018年に初演され、仏演劇界の最高栄誉モリエール賞の新人賞を受賞。世界13カ国で上演され、現在、ヒュー・ジャックマンが父親役で映画化も進んでいるという。居場所を失ったすべての息子と娘たち、その親にも見てほしい作品である。

9月12日まで、東京・池袋の東京芸術劇場。0570・010・296(東京芸術劇場ボックスオフィス)。北九州、高知、能登、新潟、宮崎、松本、兵庫公演あり。(飯塚友子)

公演評「鑑賞眼」は毎週木曜日正午にアップします。