シルクロード「幻の商人」の文化遺産 ようやく日本でも注目 今秋、紹介本出版へ - 産経ニュース

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シルクロード「幻の商人」の文化遺産 ようやく日本でも注目 今秋、紹介本出版へ

古代シルクロードの跡=中国甘粛省(藤本欣也撮影)
古代シルクロードの跡=中国甘粛省(藤本欣也撮影)

かつて東西文化の橋渡しをして日本にも影響を及ぼした中央アジアの交易路、シルクロード。その交易で中心的な役割を担いながらも、その後、姿を消したペルシャ系ソグド人(後のタジク人)が残した豪華な文化遺産を紹介する書籍が近く日本で出版される。同書は、ソグド人が歴史から消えた謎や日本との深い歴史的なつながりも明らかにしているという。

「真の主役」はグローバル商人

「シルクロードの主役はタジク・ソグドだ」―。

そう主張しているのは、中央アジアの中心部に位置するタジキスタン共和国のハムロホン・ザリフィ元外相(前駐日大使)だ。

「世界の屋根」と言われる中央アジアのパミール高原の山麓にあるタジキスタンは、白銀に覆われた山々から流れ出る豊富な水と、日本と同様に太陽神を信奉する日出国として注目されている。

そのタジキスタンを通過するシルクロードは、東西をつなぐ交易路として、紀元前2世紀から8世紀にかけて経済や文化、政治、宗教などを伝え、日本の歴史ファンにも関心が高い。

そのルートに点在するオアシスの居住地を拠点にグローバルビジネスに従事していたソグド人は7-8世紀ごろまで中央アジアの交易を支配していたとされている。

〝勝者〟に上書きされた歴史

ところが、イスラム教を奉じたアラブ軍がササン朝ペルシャを滅ぼし、中央アジアに侵入。善悪2神教を信仰するゾロアスター教の信者、ソグド人のイスラム化が進んだことで、その後、イスラム教中心の文化や歴史に取って代わられ、ソグド人が培ってきた文化や歴史は忘れられていったという。

ザリフィ元外相は、EUのタジキスタン代表、駐米特命全権大使を務めるかたわら、「シルクロードの豊かな歴史と文化を知って欲しい」と、ソグド人の文化遺産を紹介する書籍を出版。これまでに10カ国語に翻訳され、日本語版は11カ国語目だ。

長年にわたり中央アジアを含むユーラシア大陸の諸民族と交流を続けてきた特定非営利活動法人ユーラシアンクラブの大野遼会長(73)が呼びかけ人となり、クラウドファンディングで支援を募り日本語版を今秋出版する。来年は、日本とタジキスタン共和国の国交30周年にも当たり、タジキスタン共和国外務省、駐日タジキスタン大使館も日本語版の出版を後援している。

大野氏は「私たちはユーラシア大陸の民族の多様性に敬意を払い、共生を目指して活動してきたが、日本では、シルクロードのファンであっても、タジク・ソグドという名称さえ聞いたことがないという人がほとんど。トルコやモンゴルが上書きした勝者の歴史だけではなく、正しいシルクロードの姿とその多様な文化と歴史を知って欲しい」と話している。

日本語版の書名は『秘められたシルクロード タジクの黄金遺宝 ソグド人・パミールから奈良へ』。同クラブのサイトhttp://eurasianclub.org/)で同書出版の支援を募っている。

ソグト人と日本の繋がり

大野氏によると、パミール高原の山麓で活躍したソグド人は東進し、その一部が五島列島の福江島(長崎県)にソグド人集落をつくり、飛鳥時代から奈良時代にかけて遣唐使を支えて唐の僧、鑑真の来日、空海の渡唐を支援したと考えられている。

奈良には実際、ソグド人の僧侶、安如宝が住職を務めた唐招提寺があり、奈良時代の平城宮にはペルシャ人の役人がいたことを示す木簡も出土した。1300年間、毎年、途切れずに行われている春の行事、東大寺二月堂のお水取りには、パミール高原で形成されたゾロアスター教の世界観も投影されているという。

その一方で、中国で暮らしていたソグド人たちは安史の乱(755-763年)以後、弾圧され、絶滅したとされる。(JAPAN Forward編集部)