戦争や貧困、不登校などさまざまな事情で義務教育を十分に受けられなかった人たちが通う夜間中学。これまで都市部に偏在していたが、「学び直し」の場として期待される近年は、地方にも広がりを見せて少しずつ増えている。兵庫県では県西部に夜間中学がないが、中核市の姫路市が令和5年春の開校を目指して準備を進めており、体験会を開催するなどして入学希望者の掘り起こしに懸命だ。(小林宏之)
■ニーズ掘り起こし
姫路市立総合教育センターで7月に開かれた入学体験会。夜間中学の授業と同じ平日の夕刻に始まり、10~70代の13人が参加した。
「この形、何かに似ていませんか?」。社会の授業で、先生が兵庫県の地図をホワイトボードに張り参加者に問いかけた。「白鳥?」「タコ!」。参加者が思い思いに答えると、先生は淡路島のタマネギや明石のタイなど身近な特産物を挙げ、「兵庫の多様な気候が生み出している」と正解を解説した。
数学の授業では、電子黒板を使い「正負の数」を学習。「身の回りにあるマイナスを見つけよう」と先生が呼びかけると、参加者は次々と手を挙げ、「温度計」「借金」「ドライバー」などと発表した。
参加した姫路市内の男性(71)は父親の漁の手伝いでほとんど中学校に通えなかったといい、「授業を受けるのがうれしくて涙が出た。孫に『勉強してきた』と自慢できる」と開校を心待ちにしていた。ほかにも、日系ブラジル人の女性(56)は「夜間中学で日本語をちゃんと学びたい」と喜び、「勉強し直して心理カウンセラーになりたい」と将来の夢を語る女性(32)もいた。
体験会を企画した狙いについて、市教委の担当者は「夜間中学を知らない人もいる。存在を知ってもらい、新たなニーズを掘り起こしたい」。来年1月にも開催を予定している。
■空白区解消へ
兵庫県内の夜間中学は現在、神戸市に2校、尼崎市に1校の計3校あるが、いずれも県東部に立地する。姫路市には戦後3校が誕生したが、いずれも間もなく閉鎖。約半世紀ぶりの新設は、県西部の播州地方の「空白区」解消を求める声が夜間中学関係者らの間で強まり、県教委からの働きかけもあって実現することになった。これで兵庫県内の夜間中学は、大阪府(11校)、東京都(8校)に次いで多い4校となる。
新設する夜間中学は、通学の利便性を考慮して駅に近い小学校内への設置を予定。県内の市外在住者も通学できるように、市教委は他の自治体と負担金などに関する協定書を結んで入学希望者を受け入れ、播州地方の拠点校とする考えだ。
「ひょうご夜間中学をひろげる会」の桜井克典事務局長(57)は、姫路市の決定を歓迎しつつ「県内の夜間中学が足りているとはいえない」と指摘。「高齢者や就労者らは入学を希望しても遠方だと通いづらい。学び直しの機会を奪わないよう、生徒のニーズに合わせて夜間中学を増やしてほしい」と話している。
■法整備が新設後押し
夜間中学は戦後の混乱期に経済的な理由で学校に通えない子供たちのために誕生したのが始まりで、ピーク時の1950年代半ばには全国に89校を数えた。行政管理庁(当時)による早期廃止勧告で60年代後半には20校にまで激減したが、「教育のセーフティーネット」としてニーズが途絶えることはなかった。
近年の増設を後押しするのは、平成28年に成立した教育機会確保法だ。不登校児童・生徒の増加傾向が続く中、形式的に中学校を卒業した人の入学も認められるようになり、「学び直し」の場としての役割が期待されるようになった。
文部科学省は各都道府県、政令市に最低1校の設置を促しており、ここ3年で5校が新設された。そのうち今年度は徳島、高知両県に初めて県立の夜間中学が誕生し、長年続いた四国の空白区が解消された。令和4年度には札幌市や香川県三豊市などに4校、5年度には姫路市や千葉市などに3校の新設が予定されているほか、岡山市や仙台市、鳥取県なども開設を検討している。
文科省の担当者は「現在夜間中学があるのは12都府県で、設置の予定や検討を含めても20都道府県にとどまる。さらに各地に広がるとともに、多様な生徒の受け入れが進むよう支援に取り組みたい」と話している。