【話の肖像画】台北駐日経済文化代表処代表・謝長廷(75)(8)日台、進む自治体同士の交流 - 産経ニュース

メインコンテンツ

話の肖像画

台北駐日経済文化代表処代表・謝長廷(75)(8)日台、進む自治体同士の交流

台南市とオンラインで結んだ「交流推進協定」締結式に臨んだ京都市の門川大作市長(右から2人目)と謝長廷代表(右端) =6月30日
台南市とオンラインで結んだ「交流推進協定」締結式に臨んだ京都市の門川大作市長(右から2人目)と謝長廷代表(右端) =6月30日
《駐日代表に着任して5年。日台関係に変化は》

地方自治体同士で日本と台湾の関係が深まったことが大きいですね。個人的に感慨深いのは、母校の京都大がある京都市と台湾の結びつきです。今年6月30日には京都市の門川大作市長とともに、オンライン方式で行った台南市との交流推進協定の締結式に臨みました。京都市は近く、高雄市との友好関係も結ぶ予定になっています。私は高雄市で1998年から2005年まで市長を務めました。

日本統治時代の台湾で、1920(大正9)年に命名された高雄市ですが、それ以前の地名と発音が近いとして、名称を京都市にある紅葉の美しい高雄町から取ったとされています。

台湾側の記録では、京都市と高雄市の友好協定締結で日台の自治体同士の友好関係は、計137件にのぼります。私が着任した5年前には61件でしたから、日台の地域と地域の結びつきはずいぶん広がりましたよ。地方の議会同士の友好関係も進んできましたね。高雄市議会は横浜市議会との友好関係を結んでいます。

《地域同士の日台関係がここ数年で加速した背景は》

日本と台湾は残念ながら外交関係がなく、自治体同士も正式にはなかなか関係を築きにくいという事情もありました。

ただ、2011年3月の東日本大震災で、台湾からの救援や200億円を超える義援金が寄せられたことで、日本の各地で台湾への理解の裾野が広がったのでしょうね。友好関係での障壁が徐々に低くなりました。

ここで大切なのは、日本は先進的な民主主義国家だということです。日台の地域同士の関係が進んで、互いの理解が深まっていけば、地方の民意がやがて日本の国会や中央の政策にボトムアップされ、大きな影響を与えることも考えられます。

《地震や水害などで日台双方が支援しあう関係もある》

台湾から日本へのマスク提供と、その返礼としてのワクチン提供。新型コロナウイルス防疫をめぐる日台相互支援で話した「善の循環」ですが、その循環が大きく回り始めた契機は1999年9月に台湾中部で起きたマグニチュード(M)7・6規模の大震災だったと思います。このとき南部の高雄市も大きく揺れましたが、中部地区での救援や支援に力を注ぎ、高雄市民らから25億円相当を届けました。

この震災当日に被災地に真っ先に入った日本の救援隊や、その後、届けられた日本からの仮設住宅などを目にして、本当にありがたかった。だからこそ東日本大震災のときには、台湾の数多くの人が日本に恩返ししたかったのです。民進党だけで約3億円の義援金を集めました。

《信頼関係も深まった》

台湾では古くから、ひと口のご飯の恩は一斗(いっと)(約18リットル。100合に相当)にして返す、との言い伝えがあります。「一斗」との表現は例えでしょうが、恩義を決して忘れてはいけないという思いが根付いていますね。

駐日代表に2016年6月に着任して最初の仕事は、4月に起きたばかりの熊本地震の被災地訪問でした。台北の大同ロータリークラブが作成した「一人じゃないもん、頑張れ熊本」と日本語で書かれた「くまモン」の絵や、台湾からの義援金をもっていきました。いざというときの「お互いさま」の心を、台湾は忘れたことはありません。

台湾人の心情としては、家族や家族のように付き合っている人たちが災害などに巻き込まれたとき、助けにいかないとむしろ自分が不安になるのです。家族同士、あたりまえのことですが、そういう気持ちで台湾人は日本のことをみています。(聞き手 河崎真澄)