【勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(306)】輝く雄ちゃん 「酒仙投手」4月のMVPに - 産経ニュース

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勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(306)

輝く雄ちゃん 「酒仙投手」4月のMVPに

阪急・今井雄太郎投手
阪急・今井雄太郎投手

昭和59年4月30日、日本中が「ゆうちゃん」の話題で持ち切りとなった。55年に結婚した俳優・三浦友和・百恵夫妻に待望の赤ちゃんが誕生。名前は「祐太朗」(ゆうたろう=現在はシンガー・ソングライター、俳優で活躍中)。これに大喜びしたのが〝勇者の雄太郎〟今井だ。

「ゆうたろう―とは、ええ名前をつけたもんや。字はちょっと違うけど、この子は大物になるで」

6年前の53年5月4日、大阪球場での南海戦で1杯のビールを飲んで登板し〝ノミの心臓〟から〝酒仙投手〟に生まれ変わった。そしていまや、押しも押されもせぬ勇者の主戦投手だ。

この59年シーズンも開幕カードのロッテ3回戦(4月2日)で5―0と完封勝利すると、続く7日の南海2回戦でも3―0と2試合連続完封。なんと4月をオール完投の5勝1敗(3完封)、防御率1・50という驚異的な数字で「月間MVP」に選出されたのである。

「高知キャンプで肩を痛めたのがかえって良かったわ」

肩が痛くて思い切って投げられない。しかたなくタマを放す瞬間にだけ力を入れた。すると力まないからタマのキレも良くなり、コントロールもついた。

「人生何が幸いするか分からんもんや」

筆者と雄ちゃんが親しくなったのは「勇者番」となった昭和61年のこと。その話はすでに書いた=194話。実はもう1度関係ができた。筆者が田淵ダイエーの担当だった平成2年のオフ、オリックスから移籍してきたのである。翌3年、通算130勝目となる1勝を挙げ現役を引退した。そんな今井にNHKからゲスト解説のオファーが掛かった。ところが、なぜかふさぎ込んでいた。理由を尋ねると―。

「ディレクターから〝今井さん、放送では標準語で話してくださいね〟と言われたんや。標準語なんか話せんし…」

今井は新潟県長岡市生まれ。夫人は佐賀県出身。当時の今井は新潟弁と佐賀弁が混じっていた。

「標準語しゃべってる雄さんの方がへんやないですか。そのままでええんです。それでもゴチャゴチャ言うてきたら、ビール飲んで放送するぞ!と言うてやったら」「そやなぁ」。雄ちゃんはクスッと笑った。 (敬称略)