【勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(305)】開幕明暗 水谷、死球で選手生命失う - 産経ニュース

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勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(305)

開幕明暗 水谷、死球で選手生命失う

ロッテ戦で頭に死球を受ける水谷
ロッテ戦で頭に死球を受ける水谷

昭和59年シーズン、上田阪急は大きくイメージチェンジを図った。長年親しんだ帽子の「H」から「B」に変更。胸のネームの書体も変えた。

3月31日、ロッテとの開幕戦。先発メンバーにはベテランに交じって、生きのいい若手が並んだ。

①福本(左)②弓岡(遊)③簑田(右)④ブーマー(一)⑤水谷(指)⑥松永(三)⑦福原(二)⑧中沢(捕)⑨山森(中)

――彼らは〝ヤングブレーブス〟といわれた。

◇開幕戦 3月31日 西宮球場

ロッテ 012 000 000=3

阪 急 331 000 00×=7

(勝)山田1勝 〔敗〕水谷1敗

(本)リー①(山田)袴田①(山田)

試合はその〝ヤング〟たちが活躍した。一回、ブーマーの左犠飛で先制点を奪うと、さらに2死満塁で福原が中前へ2点タイムリー。二回には簑田、ブーマーの連続二塁打と松永の中前タイムリーで加点し序盤で7得点。

このリードをエース山田が守り切り、自己の記録を更新する10年連続開幕投手の日本記録を白星で飾った。だが、試合後の勇者たちに笑顔はなかった。

前年、加藤英とのトレードで広島から移籍し、36本塁打、114打点で「打点王」に輝いた水谷が二回、2死二塁でロッテの2番手土屋から頭部(左耳上)に死球を受けたのである。

昏倒する水谷。すぐさま救急車で西宮市内の病院へ運ばれた。幸い骨には大きな異常はなかったものの、三半規管がまひしておりそのまま入院した。

「耳からダラダラと血が流れ出ていた。大したことがなければいいんやが」と上田監督も声を落とした。

4月19日、水谷は大阪の阪大病院で精密検査を受けた。結果は左耳のアンバランスを示す「眼球振盪(しんとう)反射」が見られ、これが消えるまで戦列復帰は無理―という。

「雨の日は特に具合が悪い。頭の中がもやってる感じや」

水谷は5月5日の西武戦から戦列に復帰した。だが、平衡感覚の異常は続いた。頭痛、吐き気、めまいが水谷を苦しめ、59年シーズンは63試合に出場し、3ホーマー20打点。60年、再び入院治療。そしてその年のオフ、ユニホームを脱いだのである。 (敬称略)