【ビブリオエッセー】優しく語りかける超短編 「僕と妻の1778話」眉村卓(集英社文庫) - 産経ニュース

メインコンテンツ

ビブリオエッセー

優しく語りかける超短編 「僕と妻の1778話」眉村卓(集英社文庫)

一人娘が大学生になり、子育ても一息、と言いたいところだが、深呼吸をする暇もなく実家に帰ってきた。両親の在宅介護が始まったのだ。そんな人生の迷路に踏み込んだような時、目的地へ上手に着地できそうな気持ちにさせてくれる1冊に出会った。

ショートショート集である。とはいえただの超短編ではない。眉村さんが、余命を宣告された妻に毎日1話、捧げた心優しい作品集だ。約5年間で1778話。この本には52編が収録されている。第1話は「詰碁」。当時を振り返り、夫妻の対局の話も添えてあった。

「アハハとかニヤニヤとか」ちょっぴり笑える妄想の数々。病院の待ち時間やちょっとした空き時間に軽く読める。忘れかけていた想像力が刺激され、たとえればアナログ版ユーチューブのような…、わかります?

1678話の「奇行の人」は主人公がJさんで同じイニシャルに親近感が湧いた。変わり者のおじいさんである。鎧(よろい)兜(かぶと)などで常に武装して勝手に町を守っている。マイペースで常識ハズレ。そんなJさんが猛烈な台風の襲来した日、古代ローマ軍の衣装で三輪自転車にまたがり、台風めがけて突進していった。町は被害を免れ、Jさんは行方不明になった。

この作品に眉村さんは、世の流れから外れたのは自分だと書いている。Jさんと自分を重ねて「未来などとやたらに口にしたくなかった」と病床の妻との日々に触れている。私もまた、老いゆく両親との時間の中で現実とどう向き合えばいいのか、考えてしまった。

最後の1778話に妻はなく、物語もなく、「また一緒に暮らしましょう」と終わる。その眉村さんも今はいない。きっと続きが始まっているのだろう。読めないのは残念だが。


松山市 赤樫順子(47)

投稿はペンネーム可。600字程度で住所、氏名、年齢と電話番号を明記し、〒556―8661 産経新聞「ビブリオエッセー」事務局まで。メールはbiblio@sankei.co.jp。題材となる本は流通している書籍に限り、絵本、漫画も含みます。採用の方のみ連絡、原稿は返却しません。二重投稿はお断りします。