【スポーツ茶論】ミスターと富士山 清水満 - 産経ニュース

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スポーツ茶論

ミスターと富士山 清水満

東京五輪開会式で聖火ランナーとして姿を見せた長嶋茂雄氏(右から2人目)=7月23日、国立競技場(納冨康撮影)
東京五輪開会式で聖火ランナーとして姿を見せた長嶋茂雄氏(右から2人目)=7月23日、国立競技場(納冨康撮影)

先週、男子ゴルフのフジサンケイクラシック(山梨・富士桜CC)で久しぶりに富士の麓を訪れた。残念ながら荒天で、富士山の全貌は拝めなかった。今の時期、晴れていれば夜、山の斜面に光の点滅が見える。ジグザグした道のように連なり頂上まで続く。ご来光をあがめる登山客の列だ。なかなか壮観である。

2013年に世界文化遺産に登録されて以来、富士登山の人気が高まっている。一昨年は約23万6千人(環境省ホームページから)の登山客が訪れたというが、昨年はコロナ禍で閉山。今年は2年ぶりに開放されたが、コロナ感染拡大による外出控え、インバウンド需要の減少などによって激減しているという。とはいえニッポンを代表する名峰の人気は高い。

山梨生まれの筆者にとって富士山は、物心ついた頃からいつも目の前にあり、当たり前だったが、故郷を離れ、時折眺めるとやはり美しく、壮大である。その外観の美しさとは裏腹に、噴火や溶岩の流出を繰り返す恐ろしくかつ神秘的な山と考えられ、古くから遥拝(ようはい)の対象…なんていうご託はここまでにしよう。

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富士山といえば、思い浮かぶスポーツ人がいる。ミスターこと、長嶋茂雄さん(巨人軍終身名誉監督)である。立教大学1年の時、父・利(とし)さんが他界した。父が残した最後の言葉は…。

「プロに行っても富士山のような日本一の男になれ!」

ミスターのエネルギーの原点になった。

現役時代の17年間、「一年の計は富士の見えるところで…」と厳冬の年始め、山ごもりの鍛錬場として選んだのが箱根・仙石原であり、伊豆・大仁であった。ときにはホテル、ときには山荘…。窓を開けると富士が雄大に見える部屋が定番だった。

山道を走り、1日何百という素振りを繰り返してシーズンへの下地作りをした。「激しい鍛錬で疲れ切った体を風呂につかりながら夕闇の中に染まる富士を見る。癒やされました」と話したが、同時に「日本を代表する富士の山は美しい風貌と厳しい自然の両面を持っている。戦いの場に臨むにあたって富士の魂を己の心に刻むんです」。ミスターにとっては精神統一の場でもあった。

富士山好きが高じて油絵にも挑戦した。燃えるような色彩で有名な絹谷幸二画伯との共作で『新世紀生命富士』という作品である。10年前、東日本大震災救済応援特別チャリティー企画『文化人・芸能人の多才な美術展』でも披露された。当時新聞に掲載されたミスターの言葉がある。

「絹谷画伯と箱根でゴルフをした後、画伯の別荘に招待されたとき、そこから見える富士山があまりにもすばらしく、指導をうけながら描いた思い出の1枚です」。補足ながら後に直接聞くと「富士山がテーマでなければ、挑戦なんかしませんよ」だったが、なかなかの力作だと評判だった。

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日本一の富士山に恥じることのない国民的スターになったことは誰もが納得する。04年脳梗塞、18年には胆石で入院…と度重なる病魔に襲われたが、懸命のリハビリに励んで再び表舞台に戻ってきた。東京五輪の開会式では王貞治さん、松井秀喜さんとともに聖火ランナーとして国立競技場に姿を見せた。すべてではないが、復活劇の裏には富士の麓で養った気力、体力、不屈の精神力が体に宿っていた気がする。

ちなみに長嶋さんが国民栄誉賞に輝き、富士山が世界遺産に登録されたのは同じ年だった。