【フォト特集】戦争はここから始まった 「9.11」から20年 - 産経ニュース

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戦争はここから始まった 「9.11」から20年

テロ直後の完全封鎖された現場で警戒にあたる米兵たち。「なぜ」と、その目はうつろに泳いでいた(坂本慎平撮影)
テロ直後の完全封鎖された現場で警戒にあたる米兵たち。「なぜ」と、その目はうつろに泳いでいた(坂本慎平撮影)

11日で、2001年9月11日の米国同時多発テロから20年になる。テロ発生から百数十時間後、ニューヨークの現場では、広大な瓦礫の山から黒煙が立ち昇り、救助隊員たちが懸命に行方不明者の捜索にあたっていた。

ほどなくして、テロの首謀者とされる人物が資金援助するタリバンや、アフガニスタンにその拠点があることが米メディアで一斉に報じられ、当時ニューヨークの市民たちに話を聞くと、「許せない」「すぐに攻撃しろ」「安心して暮らせない」など怒りと不安の声が圧倒的に多かった。

現場を遠望できる検問の手前で、人びとは恐怖と驚きに顔をこわばらせていた(坂本慎平撮影)
現場を遠望できる検問の手前で、人びとは恐怖と驚きに顔をこわばらせていた(坂本慎平撮影)

翌10月には、米軍がアフガニスタンでの攻撃を開始。タリバン政権は崩壊し、新政権が樹立されたが、情勢は安定せず、米軍の出口の見えない駐留が続いた。それから20年、米軍の撤退が始まり、今月、タリバンが全土を制圧した。

なぜ戦争が起き、長期化したのか。これからさまざまな検証がなされるだろう。では、「どこ」から始まったのか。テロから数日後の現場で警戒活動にあたる兵士は「戦争はここから始まる」と断言した。一方、行方不明になった20代の息子をさがす父親は現場近くの教会で「アフガンで私と同じ悲しみが広がってほしくない」と祈っていた。

現場となった世界貿易センターの跡地には慰霊碑が設けられた。そこには確実に20年前、現在のアフガンにつながる戦場の光景が広がっていた。(坂本慎平)

テロ発生から百数十時間後の現場では、大勢の犠牲者が埋まったまま、いたるところから煙が上がり、地面は熱かった(坂本慎平撮影)
テロ発生から百数十時間後の現場では、大勢の犠牲者が埋まったまま、いたるところから煙が上がり、地面は熱かった(坂本慎平撮影)
現場近くで偶然に再会した男女がお互いの無事を知り、抱き合っていた(坂本慎平撮影)
現場近くで偶然に再会した男女がお互いの無事を知り、抱き合っていた(坂本慎平撮影)
行方不明者をさがす情報がニューヨークの地下鉄駅、教会などに貼られ、大勢の市民が食い入るように眺めていた。さまざまな人種の顔が並ぶ (坂本慎平撮影)
行方不明者をさがす情報がニューヨークの地下鉄駅、教会などに貼られ、大勢の市民が食い入るように眺めていた。さまざまな人種の顔が並ぶ (坂本慎平撮影)
ニューヨークの中心地、タイムズ・スクエアには非日常と日常が交錯。半旗が翻り、黙祷を捧げる人が絶えない傍らをビジネスマンが通る(坂本慎平撮影)
ニューヨークの中心地、タイムズ・スクエアには非日常と日常が交錯。半旗が翻り、黙祷を捧げる人が絶えない傍らをビジネスマンが通る(坂本慎平撮影)
テロ発生から6日目、ニューヨークのユニオン広場での追悼集会。「アメージンググレース」の合唱が深夜まで続いた(坂本慎平撮影)
テロ発生から6日目、ニューヨークのユニオン広場での追悼集会。「アメージンググレース」の合唱が深夜まで続いた(坂本慎平撮影)
ワシントンDCの米国防総省「ペンタゴン」。テロ発生7日目。旅客機が激突した部分は、建物が大きく割れ、白煙がまだ上がっていた(坂本慎平撮影)
ワシントンDCの米国防総省「ペンタゴン」。テロ発生7日目。旅客機が激突した部分は、建物が大きく割れ、白煙がまだ上がっていた(坂本慎平撮影)