コロナ直言(14)

行動変容、心理学的手法を 筑波大教授・原田隆之氏

原田氏が提案する心理学によるアプローチ
原田氏が提案する心理学によるアプローチ

新型コロナウイルスの感染拡大による昨年4月の1回目の緊急事態宣言は、未知の感染症に対する国民の不安や恐怖心に、政府と専門家が訴えかけた医療崩壊や死者数増加という「恐怖メッセージ」が合致し、効果を発揮した。

しかし、東京や大阪などの都市部では「緊急事態」が〝日常〟となり、人々に慣れが生じた。これまで感染しなかったという個人的経験から「楽観バイアス」が働き、自粛要請に従わない人が増えていった。

五輪やパラリンピックの開催が国民の心理に与えた影響もある。会場周辺の人出を見て「自分も外出してもいいだろう」などと感じるのは自然な反応だ。

《政府の新型コロナ対策は、感染症の専門家が中心となって国民に「行動変容」を呼びかけてきた》

国民の心理が変化しているのに、これまでと同じ恐怖メッセージや自粛要請を繰り返しても効果はない。政府の対策には、人の心理や行動に働きかける心理学の視点が欠けている。

人の行動は言葉だけで変えられない。例えば、たばこは有害だと分かっていても、ほとんどの人は自力で禁煙できない。効果的に禁煙を支援するためには、内科診療だけではなく、心理学的なアプローチも使って行動変容を促す。具体的には、院内の売店で使える少額の金券を患者に渡すことなどで通院率を上げられる。

コロナでも同じ。自粛の直後に、望ましい結果が伴うことも重要だ。心理学や行動科学に基づき選択肢を残しながら望ましい行動へと誘導する「ナッジ」という手法を対策に取り入れることを提案したい。

《ナッジはすでに生活に浸透している。例えば、スーパーマーケットのレジ前に足形やラインの目印を張っておくだけで、人々は自然と距離を取って並ぶ。五輪期間中には、首都高速道路で一般車両の日中の料金を千円上乗せしたことで、交通量が減少した》

ナッジで人の行動は変えられる。

お盆に高速道路や公共交通を値上げすれば長距離移動を抑制できたはずだ。特に若者は低額の値上げにも敏感に反応する。繁華街の「路上飲み」の抑制には、若年層にだけ聞こえる高周波の「モスキート音」を出す装置を設置する方法も考えられる。不快な音が出るために物理的に近づきにくくなることが期待される。

我慢ばかりではなく、ささやかなインセンティブ(動機付け、報奨)も必要だ。接触確認アプリの「COCOA(ココア)」を活用し、感染者との接触が確認されなかった日にポイントを付与するのはどうか。

かつてない感染爆発にもかかわらず、従来の対策を繰り返すのは不作為だ。ロックダウンも現実的ではない。政府は新たな対策を講じるべきだ。(聞き手 石川有紀)

筑波大の原田隆之教授
筑波大の原田隆之教授

はらだ・たかゆき 筑波大教授。法務省、国連薬物犯罪事務所(UNODC)勤務を経て現職。臨床心理学の専門家として、犯罪や依存症、新型コロナウイルス禍における人々の心理といった社会問題の分析にあたっている。

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