衝撃事件の核心

硫酸事件、スピード逮捕を実現した捜査員の「眼」と「勘」

那覇から羽田空港に移送された花森弘卓容疑者(中央)=8月28日午後、羽田空港(宮崎瑞穂撮影)
那覇から羽田空港に移送された花森弘卓容疑者(中央)=8月28日午後、羽田空港(宮崎瑞穂撮影)

「86時間」の逮捕劇だった-。東京都港区の東京メトロ白金高輪駅で男性会社員(22)らが硫酸をかけられるなどして負傷した事件。傷害容疑で逮捕された静岡市葵区、大学生、花森弘卓(はなもり・ひろたか)容疑者(25)は犯行後、犯行現場から1500キロ以上離れた沖縄県宜野湾市の友人宅に潜伏していた。だが、その逃避行はわずか4日間で終焉(しゅうえん)を迎えた。早期逮捕にこぎつけたのは、警視庁捜査員の「眼」と「勘」だった。(松崎翼、王美慧)

恐怖のアシッドアタック

「目が見えない」「熱い」。8月24日午後9時すぎ、仕事帰りの男女たちが行き交う白金高輪駅が騒然となった。上りエスカレーターで左側に立っていた男性に、小太りの男が液体を至近距離からかけた。男性は両目の角膜を損傷するなどの重傷。男性の後ろにいた女性会社員(34)も液体に触れて足に軽いやけどを負った。男は現場から逃走を図った。

警視庁の鑑定で、液体は硫酸と判明。触れるとやけどし、目に入ると失明の恐れがある劇物だった。硫酸などの強酸性の液体を相手にかける行為は「アシッドアタック」と呼ばれ、海外では女性を中心に多くの被害が出るなど、社会問題にもなっている。

男は、琉球大で男性と同じサークルに所属していた花森容疑者だった。発生から4日後の28日朝、沖縄県内の路上で県警の捜査員が確保。声を掛けられた際、「スナガワです」と偽名を名乗ったが、問い詰められると、本人であることを認めた。調べに対し「(男性が)生意気で態度が悪かった」と供述。一方的に恨みを募らせての犯行だった可能性もある。

花森容疑者は事件当日の24日午後、静岡から上京。男性の勤務先がある赤坂に向かい、会社付近から男性の後を付けていたという。犯行後、タクシーで品川駅に向かい、当日中に新幹線で静岡に戻り、いったん帰宅。25日に電車で名古屋方面に移動するなどして、同日夕に中部国際空港から那覇空港に飛んだ。到着後はバスを使って移動し、宜野湾市内の友人宅に潜伏していたという。

さえた捜査員の「勘」

この全ての行動を、防犯カメラがとらえていた。捜査の中心を担ったのは、殺人などの凶悪犯罪を担当する警視庁捜査1課。防犯カメラ画像を関係者の移動方向にたどる「リレー方式」と呼ばれる捜査を駆使した。発生直後から駅や店舗などに設置された防犯カメラの映像を収集。特徴が似た人物の足取りを追跡するとともに、現場付近に残された手袋を発見し、花森容疑者の犯行と特定した。

それにしてもなぜ、これほど早い逮捕を実現できたのか。通常、防犯カメラを使った捜査は、「無数のカメラを何度も見返して、犯人がいないか目をこらす。気の遠くなるようなアナログな作業だ」(捜査幹部)といい、膨大な時間を要するケースも少なくない。

だが今回の事件は、危険な硫酸が街中で使われた凶悪な犯行。さらなる惨劇を生む恐れもあり、できるだけ早く身柄を確保する必要があった。そこで、場数を踏んだ捜査員が長年培った「勘」で、逃走ルートを「決め打ち」したという。

逃さない捜査員の「眼」

「手を挙げているように見える」。犯行直後、白金高輪駅近くの防犯カメラに小さな黒い点のように映った花森容疑者の姿を捜査員は見逃さなかった。「絶対にタクシーに乗った」。タクシー各社のドライブレコーダーを洗い出し、品川駅に向かったことを特定した。

25日、静岡市の自宅近くのカメラには、大きな荷物を持った花森容疑者の姿があった。「これは遠くに向かうぞ」。途中で野宿などをすれば、見失う可能性もあったが、捜査員の読みは的中。数時間後、中部国際空港に花森容疑者が現れ、宜野湾市内の潜伏先を突き止めた。解析した防犯カメラは、計約250台に及んだ。

近年、防犯カメラは捜査に欠かせない存在となった。だが、それだけでは解決はできない。捜査幹部は「わずかに映った姿を見逃してしまえば、逮捕まで時間がかかる。捜査員のわずかな痕跡を見逃さない眼と、先読みの力が重要だ」と力を込めた。

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