菅政権1年 コロナに屈す 支持率は感染者に反比例 - 産経ニュース

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菅政権1年 コロナに屈す 支持率は感染者に反比例

菅義偉(すが・よしひで)首相が自民党総裁選への不出馬を決めたことで、菅内閣は1年あまりの短命政権となった。憲法改正に向けた手続きや安定的な皇位継承策など長年の難題にも道筋をつけたが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い支持率は低迷した。衆院議員の任期満了を来月に控える中で、自民党内では選挙基盤が弱い議員を中心に「選挙の顔」として不安視する声が高まり、退陣を余儀なくされた。

3日午前、加藤勝信官房長官は定例の記者会見に向かう前に首相の執務室に足を向けた。加藤氏が党内情勢について報告しようとしたその矢先、首相は辞意を伝えた。

「いろいろと迷惑を掛けました」

こう言って頭を下げる首相に対し、加藤氏は「お疲れさまでした。われわれの力不足でこんな事態になり、本当に申し訳ありません」と声を絞り出した。

党内最大派閥・細田派(清和政策研究会、96人)に影響力を持つ安倍晋三前首相や麻生派(志公会、53人)会長の麻生太郎副総理兼財務相らは首相再選を支持していた。だが、内閣支持率の低迷が続き、派閥の意向を無視して首相不支持を公言する若手・中堅議員が広がっていた。

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政権発足当初の報道各社による世論調査では内閣支持率が6割を超える状態が続いた。周囲が「5年間は首相を続けられる」と水を向けると、首相は「5年間で終わらせていいの?」と返す余裕もあった。

携帯電話の料金値下げ、不妊治療の保険適用など国民生活に直結する政策を矢継ぎ早に打ち出してはいた。ただ、野党や一部メディアが日本学術会議の会員任命拒否や首相の長男が絡む総務省の接待問題で執拗(しつよう)に政権を批判していた。首相周辺ですら「なんでこんなに支持率が高いのか分からない」と漏らした。

しかし、昨年11月に1日の新規感染者が約3カ月ぶりに1千人を突破すると、支持率も下降曲線を描き出す。首相肝いりの観光支援事業「Go To トラベル」もやり玉に挙がった。

首相が掲げた「経済と感染対策の両立」は柔軟な政策変更も必要となり、「ブレた」「後手に回った」との批判も招きやすい。欧米諸国と比べると感染者も死者も低水準だったが、説明を尽くして納得を得る役割は首相の得意とするところではなかった。

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年が明けると、首相はワクチン接種に前のめりとなる。いかに早く大量に接種するか-。単一の目標に猪突(ちょとつ)猛進で取り組む課題では首相の強みが発揮された。

「7月末までに高齢者接種完了」「1日100万回接種」といった目標は、周囲から反対されても首相が打ち出した。河野太郎ワクチン担当相は「1日100万回どころか最大170万回ぐらいの接種という、首相のリーダーシップで進んでいることが評価されていない」とうめいた。

感染者数は日を追うごとに伸びていき、7月に入るとインド由来の変異株(デルタ株)の影響で爆発的に拡大した。この間、支持率上昇のきっかけと見込まれた4月の日米首脳会談や東京五輪・パラリンピックなども、その役割は果たさなかった。「感染者数連動型支持率」を前に、党内の求心力も低下した。

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党内からの批判は首相自身の資質にも向けられた。原稿を棒読みする、質問に対する答えがかみ合っていない…。こうした問題は今に始まった話ではない。昨年9月、能弁に語り大向こうをうならせる能力に期待して新首相を選出した自民党議員は一人もいない。選挙を前に右往左往する議員が、分かっていたことを問題視したのが実態だ。

首相の説明能力は熱狂的な支持層を構築できなかった一因にもなった。

菅内閣では自民党の岩盤支持層となる保守派が歓迎する政策が次々と実現している。旧宮家の男系男子の養子縁組を初めて選択肢として位置づけ、「従軍慰安婦」という用語は不適切とする答弁書を閣議決定し、憲法改正に向けた国民投票法改正案を成立させた。

それでも、首相がこうした課題を思い入れたっぷりに語る場面はなく、積み残された課題を淡々と処理したように受け止められた。党内の多数議員が夫婦別姓を目指し、中国当局による人権侵害の即時停止を求める国会決議を見送るなど、保守政党としてのアイデンティティーを喪失しているかのような動きもあった。

それが野党や一部メディアの苛烈な攻撃を招かない勝因ではあったかもしれない。だが、政権が窮地に陥ったときに命懸けで支持する党内勢力を得られなかった敗因ともなった。

(杉本康士、大島悠亮、千田恒弥)