【女子の兵法 小池百合子】共生前進こそパラのレガシー - 産経ニュース

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女子の兵法 小池百合子

共生前進こそパラのレガシー

国立競技場とパラリンピックのシンボルマーク「スリーアギトス」のモニュメント(魚眼レンズ使用)
国立競技場とパラリンピックのシンボルマーク「スリーアギトス」のモニュメント(魚眼レンズ使用)

限界に挑戦することの意義と可能性を示してくれた東京パラリンピックが、きょう9月5日に閉幕する。

自転車の女子個人ロードタイムトライアルと個人ロードレースで金メダル2冠を獲得した杉浦佳子選手は50歳。年齢の「壁」にも挑み、日本最年長記録を樹立した。杉村英孝選手はボッチャ個人で金メダルを獲得。新型コロナウイルスの影響で実戦の場が限られる中、オンライン指導なども駆使して快挙につなげた。

開会式を振り返ると、13歳の少女が世界中の注目を集めた。東京都の中学2年生、和合由依さんである。上肢下肢に機能障害のある和合さんは、5千人超の中からオーディションで選ばれた。熱演した「片翼の小さな飛行機」の物語は人々を魅了し、困難を乗り越えていくメッセージが勇気と感動を与えた。

「WE HAVE WINGS」をコンセプトに開会した東京パラリンピックには、160を超える国・地域と難民選手団の約4400人が参加、日本選手は過去最多の254人に上った。目標に向かって鍛錬を重ね、挑戦する選手の姿は「黄金の翼」を持つように輝いた。磨き抜かれた技の数々もさることながら、笑顔にあふれ、何よりも楽しそうだったのが印象的である。

大分県の整形外科医で、「日本パラリンピックの父」と呼ばれる中村裕氏は、リハビリテーション医学の観点からも障害者スポーツの大切さを説いた。時に批判されながらも普及・発展に尽力し、日本選手団団長を務めたのは57年前、昭和39(1964)年の東京パラリンピックだった。日本選手は53人、獲得したメダルは金メダル1個を含む10個。スポーツ経験に乏しく、療養所から参加した選手もいた。半世紀近くを経た今、世界ランキングの上位者や世界記録保持者も現れるようになったのは、関係者の努力とともに中村氏の功績が大きい。

今大会の競泳男子400メートル自由形で、アジア新記録で銀メダルをつかんだ富田宇宙選手は「多様性の価値や障害者の理解につながる一つのパフォーマンスとして、メダルをとることを見せることができた。自分が障害を負った意味が、ここにあったのかな」と語ったが、ハンディを乗り越えて目標に向かうパラリンピアンの姿勢は人々の心を動かす。

パラリンピック史上初の2度目の夏季大会開催都市となった東京都は、これまでハード・ソフト両面でのバリアフリーの推進や、誰もが支えあうソーシャル・インクルージョンの浸透など、共生社会への取り組みを前進させてきた。ユニバーサルデザインの街づくりに向けて、都内の95%を超える鉄道の駅で段差を解消。競技会場周辺では、350以上の駅でホームドアの整備を完了、都道も約90キロにわたり段差を解消した。

宿泊施設では都内で3200室のバリアフリー客室を確保した。心のバリアフリーでもある多言語対応もITを使って進めている。今大会で参加者が放った輝きを跳躍台に、誰もが生き生きと活躍し、さらに心豊かに暮らせる社会を目指していかなければなるまい。それこそが東京大会の遺産(レガシー)となるだろう。

孫子の兵法にある「勝つべからざる者は守なり。勝つべき者は攻なり」は、守ることよりも攻めることの大切さを教えてくれる。人類は昨年来、新型コロナウイルスの猛威にさらされ、それまでの自由が制約されてきた。足下の感染状況はなお厳しいが、ワクチン接種や抗体カクテル療法などの攻めの「武器」を駆使して、100年に1度といわれる困難を乗り越えていきたい。