【書評】『奇跡の地図を作った男 カナダの測量探検家デイヴィッド・トンプソン』下山晃著(大修館書店・2640円)命懸け最果ての空白埋める - 産経ニュース

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書評

『奇跡の地図を作った男 カナダの測量探検家デイヴィッド・トンプソン』下山晃著(大修館書店・2640円)命懸け最果ての空白埋める

あと2日ほど彼の娘が早く生まれていれば、カナダとアメリカの国境は数百キロも南だったかもしれない。現在の地図では北緯49度線に沿って直線的に延々と続いている両国境だが、このうち西海岸あたりが激変していた可能性があるという話だ。

その彼は太平洋に注ぐコロンビア川の河口を目指し家族で測量を続けていた測量探検家のデイヴィッド・トンプソンである。時は1808年、地図作りに半生をかけた伊能忠敬が第六次測量で四国を回っていた頃だ。

19世紀初頭の新大陸といえば、欧州の富裕層に絶大な人気のあったビーバーなどの毛皮を獲得するため、一獲千金を狙う会社や個人が続々と押し寄せていた。冒頭の話は広大な北米大陸を舞台に列強が版図拡大に躍起になっていた時期だ。ここはわが土地と先に看板を立てた勢力が勝つ世界で、もとより先住民のことなど眼中にない。

本書によれば、トンプソン少年は貧しい母子家庭で育ったが数学や天文学は得意で、14歳にして有名なハドソン湾会社の下積み雇員に採用されてカナダへ渡った。当時の白人には珍しく先住民を尊敬し、その言葉を謙虚に学ぶ「変人」で、妻として生涯を添い遂げたのも当地で出会った少女である。忠敬と違うのは過酷な自然条件にもかかわらず妻子を伴って測量にあたったことで、現地を知悉(ちしつ)する妻あってこその成功だろう。

隠居した忠敬は誰に頼まれたわけでもない大測量事業を始めたが、トンプソンも地図の空白を埋めるために仕事のノルマ以上の難行苦行を辞さなかった。片眼と片脚に障害を抱えながらも測量に命を懸けた彼の原動力は、大きく変動する近代黎明(れいめい)期にあって「世界を可能な限り正確に把握したい」という切なる思いではないだろうか。

忠敬の事業が幕府のお墨付きを得たのと対照的に、トンプソンの半生を懸けた地図は世知にたけた他人の手柄とされ、その後は不遇な半生をたどった。埋もれた事績が発見されるのはずっと後だが、測量日誌の貴重な記録も含めて再評価され、その成果である地図はカナダの国宝となった。最果ての地で愚直に自らの信じる道を歩んだ人の物語は、「便利」が蔓延(まんえん)する現代こそ読み継がれるべきだろう。

評・今尾恵介(地図研究家)