エースの矜持、香西は銀にも涙 車いすバスケ - 産経ニュース

メインコンテンツ

エースの矜持、香西は銀にも涙 車いすバスケ

【東京パラリンピック2020】<車いすバスケットボール男子 決勝 日本対米国〉第4クオーター、攻め込む香西宏昭(中央)=5日、有明アリーナ(佐藤徳昭撮影)
【東京パラリンピック2020】<車いすバスケットボール男子 決勝 日本対米国〉第4クオーター、攻め込む香西宏昭(中央)=5日、有明アリーナ(佐藤徳昭撮影)

海外リーグのプレー経験もある日本唯一のプロ選手は、あくまで勝利にこだわった。5日、前回覇者・米国との決勝に臨んだ車いすバスケットボール男子の香西(こうざい)宏昭(33)は、この日も持ち前の得点力でチームを牽引(けんいん)。過去最高の7位を大きく上回る銀メダルの立役者だが、大舞台での惜敗に「悔しい」と涙し、エースのプライドを示した。

先天的な疾患で、生まれつき膝から下がない。野球が好きだったが、小学6年のころ、バスケの経験がある父の広実さんに誘われて車いすバスケの体験会に参加し、のめり込んだ。

当時、広実さんは26年間勤めた生命保険会社が倒産し、失業保険で食いつないでいた。保険代理店を立ち上げ、息子の練習の送り迎えを日課にした。海外選手の技術を観察し、自分も車いすに乗って助言した。

進化を求めた香西は米国の名門・イリノイ大への留学を決意。多額の資金が必要だったが「やりたいことをやるのが一番」と広実さんは生活費を切り詰め、家族に援助を頼み工面した。

成長を続け、名実ともに日本の大黒柱に。だが、過去3度のパラリンピックではメダルに遠く及ばなかった。国内での競技人気も含め「焦燥感はあった」という。

高さのない日本がどうやって世界に勝つか-。攻守のスピーディーな切り替えを求めチーム全体で連携を強化、自身も動き続けられる体力を培った。相手に1対1でぴったりと守備につくなどの「ベリーハードワーク」は、日本の代名詞になった。

米国との決勝戦。第3クオーターに同点に追いつく3点シュートを決めた。引き離されそうになっても、ミドルシュートで勢いを奪い返す場面もあった。

頂点にはあと一歩届かなかった。「もうちょっとだった」と目を赤くした。それでも、これまでの歩みを思い、「このチームでバスケットができて光栄だった」。感謝の言葉でコートを去った。

(木下未希)

ボトムコンテンツ