地方でのビジネスにもあこがれるが、都市の暮らしも捨てがたい-。そんな思いに応える異色のプロジェクトが注目を集めている。鳥取県の提唱する「週1副社長」という取り組みだ。都市部で本業を持ちながら、鳥取県内の地方企業で週1回だけ副業や兼業をしてもらうという試みで、地方企業にとっては人材難の打開策として期待が寄せられている。リモートワークなどで週1回だけ副業するこの仕組みは地方活性化の新たな潮流になりつつある。
8月23日夜に開催された「副業兼業サミット2021」はオンラインながら、静かな熱気に包まれていた。参加したのは首都圏や関西圏を中心に全国各地、香港など海外からも含めた約370人だ。
ナビゲーターで「とっとりプロフェッショナル人材戦略マネージャー」の松井太郎さんが業務を紹介。 「すなば珈琲のフランチャイズ拡大」「山間の小学校校舎を活用しての新規事業立ち上げの企画を」
参加者からは「スキルはないけれど大丈夫か」といった質問があがったが、松井さんは「社長の話を聞ける人なら大丈夫」とアドバイス。熱のこもった「会議」は予定時間をオーバーして続いた。
* * *
県がプロジェクトを進める背景には人口の減少問題がある。鳥取県の7月の推定人口は55万人を割り込んだ。移住策などの取り組みも進めているが、減少は食い止められない。
そこで居住人口は増えなくても、鳥取とゆかりをもった「関係人口」を増やすことで、地域活性化を図りたいというのがプロジェクトの狙いだ。
令和元年度に募集を始めると、応募者は1300人以上、翌2年度も1200人以上が応募するなど、関心があることが分かった。
都市部にも「行ってみたいが移住までは踏み切れない」「地域活性化の仕事をしてみたい」という潜在ニーズがあった。これまでに123社194人の「副社長」が誕生している。
東京の大手不動産会社に勤務する男性は「副業の醍醐味(だいごみ)は自分のスキルアップ。自己の能力や『当たり前』を客観的に評価してもらえること、そして新たなつながり」と話した。
県によると、副業で得る報酬は月3万~5万円程度だが、金銭目的より仕事へのチャレンジや地域貢献などを目的とする人が多い。金銭報酬を伴う副業を認めていない会社もあるが、給料ではなくカニなどの県特産品を返礼として贈る「とっとり翔(か)ける福業」という新事業も展開している。
* * *
鳥取県の平井伸治知事は、「引っ越してまでするのは大変。2地域居住とか副業とか、いろんな形で県にかかわっていただく芽が出てきた」と指摘する。
また、リモートワークが増えたコロナ禍の現状もふまえ、ワーク(仕事)とバケーション(休暇)を組み合わせた「ワーケーション」の受け入れも進める。
中国地方の最高峰・大山の麓にある「ロイヤルホテル大山」の一角に8月下旬、開業したのがリモートオフィス「WorkPlace(ワークプレイス) Birds(バーズ) Forest(フォレスト)~森の隠れ家」。県と地元の伯耆(ほうき)町が補助金計1250万円を出した。
情報環境を整備した約145平方メートルのスペースに仕事のための個室などを整備し、ドリンクカウンターも設置。仕事に疲れたら、遠く日本海を望むテラスで緑に包まれて休憩できるほか、ホテル備え付けの温泉にも入浴できる。
県内では、八頭(やず)町にワーケーションにも利用できるコミュニティー複合施設「隼Lab.(ラボ)」が誕生し、全国の企業が入居して注目を集めているほか、鳥取砂丘近くにワーケーションに活用できるサテライトオフィス新設が進むなど10を超える拠点が開設され関係人口の受け皿となっている。
平井知事は「新型コロナ禍で住まいと職が流動化している。これを奇貨として取り込んでいければ。人口40万人台になっても県内の社会機能は維持できると思う」と話した。(松田則章)