和歌山、奈良、三重の3県を流れる新宮川水系の熊野川と支流・赤木川の合流地点にある和歌山県新宮市の日足(ひたり)地区は、「水に浸る」が地名の語源とされる。過去に何度も水害に見舞われたことを示す由来の通り、この地区は平成23年9月の紀伊半島豪雨でも大規模な浸水被害を受けた。
住民の多くは、同じ場所に住み続けることを選んだが、中にはさまざまな事情で故郷を離れる苦渋の決断をした人もいる。
中村八十八(やそはち)さん(70)は昨年3月、約40年暮らした日足地区を離れて市中心部に移住した。地区にあった自宅は豪雨で完全に水没。修理し、そのまま住み続けていたが、その後も3度被害に遭った。
「人生で一番充実した時期を送った地域。離れるのは名残惜しいし、残るみんなにも申し訳ない」
一方で、「今後も絶対被害がないという保証はない。また被害を受ければ、体力も気力も持たない」と打ち明けた。
日足地区には豪雨前の23年8月には1661人が暮らしていたが、今年7月には1181人に減った。奈良女子大生活環境学部の中山徹教授(地域計画学)は「紀伊半島豪雨の被災地はもともとインフラが脆弱(ぜいじゃく)で、災害後の生活再建が難しく過疎化に一層拍車が掛かる」と指摘する。
追い付かない整備事業
紀伊半島豪雨以降、国内では大きな風水害が相次いだ。行政の整備事業の進行速度が災害の激甚化に追い付いていない実情が明らかになりつつある。
浸水対策の基本となる河川整備事業は、新宮川水系のような一級水系の場合、国が過去の降水量や被害規模を参考に基本方針を策定。その後、都道府県などの河川管理者が今後20~30年間の具体的な河川整備の目標や内容を定めた整備計画を策定することで行われる。
新宮川水系では平成20年に国が基本方針を、翌年に和歌山県が河川整備計画を策定した。この計画では昭和34年の伊勢湾台風の降水量などを参考に、基準地点(新宮市相賀(おうが))のピーク流量は毎秒1万9千立方メートルと想定していた。
しかし紀伊半島豪雨のピーク流量は想定の約1・3倍の毎秒2万4千立方メートル。この流量は、観測史上最大で、県の担当者は「紀伊半島豪雨級の雨が降れば、被害も覚悟しなければ…」と苦しい胸の内を語る。
国も激しくなる自然災害を反映させようと、昨年7月、過去の観測データだけでなく、気候変動に伴う将来の降雨量増加などを見込んだ基本方針を策定することを決めた。新宮川水系でも議論が始まっているが、これを反映させた整備完了までには「少なくとも20~30年は必要」(国の担当者)とされている。