自民党総裁選や衆院選での勝利がおぼつかないと考えたのだろう。菅義偉首相が総裁選不出馬を表明した。短命政権に終わるが、国難である新型コロナウイルス禍への対応をめぐり、国民の厳しい視線にさらされているだけにやむを得ない。
6日に予定した党役員人事と内閣改造は見送る。当面は首相を務め、29日の新総裁選出を受けて内閣総辞職をする。その後、国会の首相指名選挙が行われる。
安倍晋三前首相の辞任を受け、昨年9月16日に発足した菅内閣は高い支持率で船出した。菅首相は新型コロナのワクチン接種を主導したが、米国や欧州各国よりも調達と接種開始が遅れ、デルタ株登場に間に合わなかった。
感染症対策で失敗した
医療提供体制の崩壊も招くなどコロナ対応は評価されなかった。内閣支持率は下がり続け、30%を割り込む「危険水域」に入った世論調査もあった。8月にはお膝元の横浜市長選で菅首相が全面支援した候補が敗れた。
事態打開へ9月中旬の衆院解散総選挙を模索したが、党内の猛反発で断念し求心力はさらに低下した。二階俊博幹事長の交代などイメージ一新を図ろうとした人事構想も効果の程は疑わしかった。
菅首相は3日、総裁選に費やすエネルギーを考えるとコロナ対策と両立できないとして、「コロナ感染防止に専念したいと判断した」と記者団に語った。
首都圏では新規陽性者数が減少に転じたが、依然高い水準にある。大阪府で東京都に並ぶ陽性者数を記録するなど感染拡大は全国的に深刻だ。
コロナとの戦いを緩めてはならない。加藤勝信官房長官、田村憲久厚生労働相、西村康稔経済再生担当相、河野太郎ワクチン担当相ら関係閣僚も菅首相の言葉通り、次の内閣発足までわき目もふらずコロナ対策に当たってほしい。総裁選に関わる暇はないはずだ。
入院が必要なのに在宅を強いられ亡くなるコロナ患者を出してはいけない。臨時の「野戦病院」設置など大胆な手を打つときだ。
デルタ株以上に猛威をふるう変異株や未知の感染症に備えることも急がれる。人流抑制のための私権制限や、医師や看護師らにコロナ業務への従事を命ずる権限を知事らに付与する法改正にも着手したらどうか。
菅首相は「国民のために働く内閣」の看板を掲げ、デジタル庁創設や携帯電話料金値下げを実行した。懸案の東電福島第1原発の処理水をめぐり、海洋放出の方針を決めた。気候変動対策で脱炭素へ舵(かじ)を切った。だが、最優先をうたったコロナ対策でつまずいた。
外交安全保障政策は安倍前政権を継承して手堅く進めた。アフガニスタンの退避作戦以外は成果をあげた。バイデン米大統領との首脳会談では「台湾海峡の平和と安定」の重要性を確認し、日米同盟や先進7カ国(G7)、日米豪印の枠組み「クアッド」で対中抑止強化を戦略的に進めていた。
対中政策の明示必要だ
安定的な皇位継承をめぐっては皇統を守る男系(父系)継承策のとりまとめに動いていた。
中止論があった東京五輪・パラリンピックについては、感染防止対策を講じるなど開催を後押しした。五輪やパラ大会が内外から高い評価を得たことは指摘しておきたい。
自民党総裁選は、衆院選を戦う次期首相選びである。コロナ対策をめぐって菅政権や自民党が失った国民の信頼を取り戻せるかが最大の課題となる。
「ポスト菅」は長期政権を担うリーダーを選んでほしい。安倍前首相や小泉純一郎元首相のように長期にわたって在任した首相は、国際的にも日本の存在感を高め、国益に貢献した。内政上も大胆な政策を遂行しやすくなる。
正式に出馬表明したのは岸田文雄前政調会長で、コロナ対策を発表済みだ。高市早苗前総務相は3日、「私は総裁選を戦い抜く」と語った。石破茂元幹事長は慎重に判断する意向だ。河野氏は3日夕、出馬の是非を検討する考えを示した。
総裁選の候補者は、具体的政策や憲法改正問題への見解を示して論争してもらいたい。コロナ対策とともに重要なのは、覇権主義的傾向の中国に日本がどのように対処していくかだ。対中戦略を語ることが欠かせない。