多発する建設現場の死亡事故 「安全軽視」脱却を - 産経ニュース

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多発する建設現場の死亡事故 「安全軽視」脱却を

田中章博さんが死亡した工事現場=5月、東京都港区(松崎翼撮影)
田中章博さんが死亡した工事現場=5月、東京都港区(松崎翼撮影)

全国で年間250件ほど起きているとされる建設現場での死亡事故。そのほとんどが高所などの危険な場所で安全帯をつけないといった意識の低さもあるとされている。また、会社の安全軽視の姿勢が明らかになるケースもあるが、警察による原因究明や裁判には時間と労力を要する。「事故を防げなかったのか」。長く苦しみを抱え続ける遺族もいて専門家は抜本的な対策の必要性を訴えている。(松崎翼、王美慧)

突然大黒柱失う…

東京都港区の42階建て高層ビル建設現場で今年2月、東村山市の田中章博さん=当時(47)=が死亡する事故が起きた。8階部分の床が抜け落ち、建築資材ごと5階部分まで落下。床が資材の重さに耐えきれなかったのが要因とみられ、8階で作業していた田中さんも巻き込まれた。

「(田中さんが)事故に遭いました」。連絡を受けた妻は長男を連れて病院に向かったが、すでに冷たくなっていた。顔を見ると大きな傷。「危険な仕事とは分かっていたんですけど…」。妻は悲痛な思いを吐露する。

田中さんがとび職となって25年。これまで大きなけがもなかった。仕事一筋で大規模な現場ほど楽しそうに出勤していた。後に残されたのは、大学3年の長男と高校3年の次男。「息子は人生で最もお金がかかる時期。必死に頑張らないと」。大黒柱を突然失った妻は悲しみを抱えながらも自分を奮い立たせてもいるという。

安全帯なし常態化

建設現場での死亡事故は高止まりが続く。厚生労働省によると、昨年は建設業全体で258件で、全産業の約3割を占める。中でも「転落・墜落」が最も多く、毎年100人前後が命を落としている。

事故が目立つ理由の一つに、専門家は意識の低さと構造的な問題を挙げる。

芝浦工業大の蟹澤(かにさわ)宏剛教授(建築生産)によると、死亡事故発生の多くは、小規模の住宅建設現場で起きているという。安全に対する意識が低く、危険な状況でも安全帯をつけずに作業することなどが常態化。屋根から転落するケースなどが相次いでいるという。

構造的な問題もあるとされる。建設業では労働者の派遣が禁止され、元請けが下請けに対して作業の手順など細かい指示を出すことは認められていない。蟹澤教授は「会社を超えた情報や知識の共有が難しいことも背景にある」と話す。

国・企業が対策模索

こうした中、抜本的な対策に乗り出そうとする動きも出ている。

国や企業が参画する「建築キャリアアップシステム」の運用が平成31年4月、始まった。作業員の就労履歴や資格などを登録して能力を評価する制度で、登録した作業員にはカードが交付される。

英国にならった制度で、英国ではカードがなければ作業員は現場に入れず、千人当たりの死亡率は日本の4分の1まで抑えられている。蟹澤教授は「日本では小さい現場だと誰でも作業できる。システムの普及が事故減につながるのではないか」とみている。

企業も模索する。大手電機メーカー「明電舎」は仮想空間(VR)を活用し転落事故などの疑似体験といった訓練を導入。これまでに延べ約2万6千人が体験した。担当者は「繰り返しVRで事故を『体験』することで体に覚え込ませることができる」と語る。

事故は取返しのつかない結果を生み、家族も長期にわたって巻き込まれる。今年2月に田中さんが死亡した事故は、警視庁三田署が業務上過失致死容疑を視野に入れた捜査を続けている。

「二度とこのような事故は起きてほしくない。安全管理を徹底してほしい」。田中さんの妻も切実に訴えている。