「家に連れて帰りたい」 コロナ禍で在宅での看取りに注目 - 産経ニュース

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「家に連れて帰りたい」 コロナ禍で在宅での看取りに注目

新型コロナウイルスの感染拡大で医療提供体制が逼迫し、コロナ感染症以外の入院患者と家族の面会も制限されるなか、自宅での看取りを選択する家族が増えているという。最期のひとときを最愛の人たちと、住み慣れた場所で過ごせる在宅での看取り。在宅医療に携わってきた医師らも、限られた時間を大切に使ってもらおうと奔走している。(織田淳嗣)

1年会えていない

「もう1年近く、お見舞いができていないんです。家に連れて帰りたい」

数ヶ月前、兵庫県明石市にある「清水メディカルクリニック」で在宅医療部門を担っている副院長の清水政克さん(48)のもとに、ある家族が訪ねてきた。

患者は脳に疾患を抱え、植物状態で3年にわたって入院していた。コロナ禍前までは家族は週に1度、面会に通っていたが、現在は面会制限で会えなくなった。清水さんは数カ月にわたって病院と家族の間を調整。患者は自宅に帰ることができたという。

病院のような最先端の医療機器が整っているわけではない。それでも住み慣れた家に帰って来てほしいと思う家族がいる。

このケースだけではない。清水さんは「コロナ禍で、一般の病棟では、かなり面会制限が厳しくなっている」と説明。同クリニックの非がん患者の在宅での看取り件数は、平成30年は17件だったのが、令和2年は30件に増えた。


志村けんさんの死きっかけに

こうした傾向は全国的だという。日本在宅医療連合学会(東京)の代表理事、石垣泰則さん(63)は、自身が都内で開業したクリニックについても「患者や家族が(在宅医療から切り替えて)入院治療を希望するケースが2、3割減った」と説明。そのまま自宅での看取りに移っていくという。

石垣さんは「昨年3月、(タレントの)志村けんさんがコロナに罹患して亡くなった時の報道が、大きなきっかけとなった」と説明する。志村さんのケースでは家族は看取りや最期のお別れもできず、顔を見ることもなかったことが報じられた。ショックが広がるなか、コロナ感染症以外の患者の病院への入院を控える動きが出てきたという。

在宅での看取りの多くは最期の時まで在宅医療を行う。在宅での看取りを決めた家族は、そもそも、在宅と病院とでは、治療の目的や形態が異なること理解することになる。病院では身体機能の回復、病気の根治を目指して集中的に治療を行うのに対し、在宅は生活の質を保つためのケアが中心。介護を含めて家族の負担は高まるが、一方で、患者は病院食と違い、ある程度は好きなものを食べることができ、住み慣れた自宅で人生の最期の時間を送ることができる。

高齢化の中、国も団塊の世代が75歳以上になる令和7年をめどに、重度な要介護状態となっても自分らしい暮らしを最後まで続けることを支える「地域包括ケアシステム」の構築をめざしている。地域で包括的に医療と介護、生活支援などを提供する計画だ。

清水さんは「在宅での看取りについて、知らない人も多い。まずは選択肢として知ってもらうことで、看取りの文化の醸成になれば」と話している。

最後に伝えた「帰る」の言葉

余命宣告を受けた人が理想的な最期を迎えられるよう手助けする「看取り士」という民間資格がある。愛知県岡崎市の「うちぼり医院」(内堀充敏院長)が運営する訪問看護サービス「うちぼり訪問看護ステーション桜乃」では、今年5月から看取り士の派遣を取り入れた。

看取り士は、平成24年に設立された一般社団法人「日本看取り士会」(岡山市、柴田久美子代表)が認証する民間資格。患者と家族が納得できる最期を迎えられる看取りの方法や言葉を家族に伝える活動をしている。

看取り士の資格を昨年取得した同院マネジャーで看護師の内堀敬子さん(52)は「臨終の前後ではご家族が葬儀の手配などお別れ以外のことでばたつき、十分な看取りができないことが多い。みなさんが良かったと思える最期を手助けしたい」と話す。

導入に際しては、同医院が実際に行った患者の看取りがモデルとなった。

今年1月、同市の廣川利夫さん=当時(74)=は末期の肝臓がんで、名古屋市内の病院に入院した。2月3日夜、家族が筆談すると、弱い筆圧で「帰る」という文字が読み取れたという。翌4日午後には危篤状態に。急遽(きゅうきょ)家族は、酸素ボンベや人工呼吸器などの資機材をそろえ運搬用の介護タクシーを手配し、午後4時半ごろに自宅に到着した。

6人の孫がいた廣川さん。内堀さんの指導で、孫たちのひざの上に頭を置いて、順に抱きしめられ、午後6時すぎ、「じいじ」と呼び掛けられながら、息を引き取った。笑みも浮かべていた穏やかな様子に、妻の雅子さん(65)は「じいじは、これを求めていたんだね」と話した。

その後、看取り士の白瀧貴美子さん(56)も到着。孫を含めた親族たちはゆっくり午後9時まで声をかけるなどし続けたという。

看取りの経験は、孫たちにも大きな影響を与えたと雅子さんは考える。その後、廣川さんの髪の毛を家の中で見つけた孫が「大切にしなくちゃ」と袋に入れて大事にしている。「子だと怖がるもの。看取りをしたことで、死んだ人を恐れることがなくなったのだと思う。いい経験をさせてもらった」と話している。