【ビブリオエッセー】彼女が見た「シトロンの飛行船」 「朝顔の日」高橋弘希(新潮社) - 産経ニュース

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彼女が見た「シトロンの飛行船」 「朝顔の日」高橋弘希(新潮社)

肺結核と診断された妻との日々が、夫婦をとりまく親族や友人、入院患者とのふれあいとともにきめ細やかに描かれた小説だ。無機質な療養所生活に幼い頃や思春期の甘い思い出を織り込み、色彩を添えている。

主人公は凜太と幼馴染の妻、早季。舞台は早季が入院する高台の結核療養所だ。時代設定はいつかと読み進むと、「木造病舎」「行李(こうり)」など古めかしい言葉に続いて「召集令状」「軍隊生活」とあり、戦時中とわかる。

自宅から療養所へ向かうバスの中やバス停から病舎までの歩道で、凜太は過去を回想しながら妻の病室へ看病に向かう。声が出せないため「絵画帳」で筆談する二人。「不便ではないかね?」と気遣うと早季は「紙に書いたことも、屹度(きっと)、言葉でせう」と鉛筆を走らせた。

人工気胸術で早季の見せた無言の苦痛を静かに見つめる凜太。竹中医師との治療法をめぐる会話がトーマス・マンの『魔の山』を彷彿させた。かつて夢中で読んだ小説だ。療養所で主人公、ハンス・カストルプとドクトル・クロコフスキーが交わした会話の数々がよみがえる。

1979年生まれの高橋さんが描くサナトリウム小説はその想像力に驚いた。乾いた文体を補完するように五感に訴える描写が散りばめられている。季節感あふれる花々の色、病室で感じた「南風の中に風花の匂い」や「菜の花色の金平糖」。お土産の「びいどろのコップ」を窓辺に置き、「朝顔が咲いたみたい」とささやく早季の硝子玉のように透き通った瞳…。

早季が絵画帳に書いた詩「シトロンの飛行船」の意味はなんだったのだろう。窓格子を通過する「おととの形をした飛行船」に何を感じたのか。夢の世界のように謎に満ちている。


堺市南区池渕修(75)

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