【紀伊半島豪雨10年】当時のもどかしさ熱い使命感に 奈良・十津川村出身の警察官 - 産経ニュース

メインコンテンツ

紀伊半島豪雨10年

当時のもどかしさ熱い使命感に 奈良・十津川村出身の警察官

警察官として住民の命やそれぞれの故郷を守る決意を語る橿原署の中平祥成巡査部長=奈良市
警察官として住民の命やそれぞれの故郷を守る決意を語る橿原署の中平祥成巡査部長=奈良市

美しかった故郷が無残な姿に変わり果てた―。紀伊半島豪雨時、大学生だった奈良県警橿原署の中平祥成(よしのり)巡査部長(31)。テレビのニュースで映し出される故郷、同県十津川村の光景に息をのんだ。避難した家族を心配するも、何もできない無力さを感じた10年前。だからこそ、今は警察官として「命を守るために全力を尽くしたい」と気持ちを強く持つ。

当時大学4年生。実家がある同村上野地地区を出て大阪で一人暮らしをしていた。「十津川村は台風がよく通る。なんてことはないだろう」。平成23年8月末から紀伊半島に雨を降らせ続けた台風12号。最初は特段気にすることはなかった。

しかし、テレビが映し出した光景は「いつもの台風」ではなかった。家族に連絡すると、「今までに体験したことのない雨が降り、車で高台に避難している」と伝えられた。

大規模な土砂崩れ、川から水があふれ、流される家…。日に日に明らかになる被害の甚大さに、「心配でたまらず、何もできない自分が本当にもどかしかった」。

実家に被害はなかったが、ライフラインは止まり、両親は精神的にも肉体的にも疲弊した様子だった。だが、至るところで道路が寸断された村にすぐ行くことはできず、直接顔を見ることができたのはその年の暮れだった。

両親の無事を確認し、ほっとした一方で、一変した村の光景に言葉をなくした。見慣れた山の豊かな緑は、えぐれ、茶色に変わっていた。学生時代の先輩の家は流され、その家族も亡くなったと聞いた。傷ついた故郷の姿がたまらなくショックで悲しかった。

翌24年、警察学校に入校した。もともと剣道をしており、憧れがあった警察官。豪雨をきっかけに、「一人一人の命、故郷を守る」という強い使命感を持つようになった。

機動隊に所属していたころは、村の風屋ダムで豪雨の行方不明者の捜索活動も行った。「少しでも手がかりはないか」。必死の思いでダム湖や崖に目をこらし、手がかりを探した。

これまで熊本地震(28年)など県外の災害救助活動の現場に派遣されたが、「どこに行っても故郷と重なってしまう。当時できなかった分、絶対助けようと強く思った」。

機動隊を経て、現在は橿原署地域課の近鉄八木駅前交番で勤務。毎年のように各地で起こる自然災害に、「災害を他人事と思わず、自分の身は自分で守るよう日頃から避難所の確認など基本的な対策をとってほしい」と話す。

命と故郷を守るという覚悟は一刻たりとも忘れたことはない。「なにかあったときには一番に駆け付け、住民を守る」。10年前のもどかしさが、熱い使命感につながっている。(前原彩希)