【勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(299)】「KK」デビュー5年ぶり制覇 「つぼみ」が膨らんだ - 産経ニュース

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勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(299)

「KK」デビュー5年ぶり制覇 「つぼみ」が膨らんだ

第65回全国高校野球選手権大会で優勝し、マウンド上で喜ぶPL学園ナイン
第65回全国高校野球選手権大会で優勝し、マウンド上で喜ぶPL学園ナイン

昭和58年夏の甲子園大会で2つの〝つぼみ〟が大きく膨らんだ。第65回全国高校野球選手権大会の決勝戦。大阪のPL学園が神奈川の「Y高」横浜商を3―0で破り、5年ぶり2度目の優勝を果たした。

◇決勝 8月21日

横 浜 商 000 000 000=0

PL学園 010 000 11×=3

(本)清原①、加藤①

PLの先発は1年生エースの桑田真澄。七回1死までY高打線を4安打に封じ、3年生の藤本にマウンドを譲っていた。一方、清原和博は二回、先頭打者でY高のエース三浦将明(この年のドラフト3位で中日入団)から、右翼ラッキーゾーンへ自身の甲子園第1号ホームランを放った。

マウンド上でPL学園の歓喜の輪が広がる。右翼から桑田が、一塁から清原が輪に飛び込む。このときはまだ「KKコンビ」の呼び名さえない。

「うれしいです。ランナーを出しても打たれる気がしなかった。初めから藤本先輩と2人で―と監督に言われていたし、締めくくりはやっぱりベテランの人がいいですよ」

なんとも大人びた口調。桑田らしい。とはいえ、桑田は15歳、清原もまだ16歳。桑田は大の虫嫌いで、寮のトイレでクモやゴキブリを見つけると、夜、一人でトイレに行けなくなった―という。

PL学園の野球部には毎年、200人以上の入部希望者がやってくる。セレクションに合格するのは20人余り。えりすぐられたエリート集団64人が、選手寮「研志寮」に入ることが許される。野球部に休日はない。正月以外は帰宅も許されない〝野球漬け〟の日々が続く。

大阪府予選のとき「甲子園出場も無理」といわれていたPL学園は甲子園の一戦ごとに力をつけていった。「この間にぼくたち、グンとうまくなったと思います」と彼らは胸を張った。

「ほかの学校は出場に浮かれて2時間ぐらいしか練習していない。だから、お前たちは6時間やれ。そうすれば勝てる」。甲子園出場が決まると多くのOBたちが母校へ駆け付けた。彼らはグラウンドを整備し、ノックバットを持って練習を手伝い、選手たちを励ました。

それが伝統。それがPL学園野球部の底力なのである。 (敬称略)