走り幅跳び4位、39歳山本篤「まだ伸びる」

6メートル75をマークした山本篤の5回目の跳躍=国立競技場
6メートル75をマークした山本篤の5回目の跳躍=国立競技場

パラ陸上のパイオニアとして知られる山本篤(39)が28日、男子走り幅跳び(義足・機能障害T63)で4位に入賞した。集大成と位置付けた東京大会で伝えたかった「スポーツの力」。メダル獲得はならなかったが、自身のアジア記録を更新する跳躍をみせた。

5回目の跳躍。気合を入れた状態でスタート位置に立つと、助走からリズムよく加速し、全身を使ってダイナミックに跳んだ。結果は6メートル75。自己ベストを0・05メートル更新するも、惜しくもメダルには届かなかった。6回のチャンスの最終回を終えると、関係者が座る観客席に一礼し、笑顔で手を振った。

静岡県出身。17歳のときにバイク事故に遭い、左大腿(だいたい)部を切断。だが、「起きたことは変えられない」と翌日には切り替えた。義肢装具士になるための専門学校に進学。競技用義足との出会いを機に、パラ陸上の世界へ飛び込んだ。

2004年アテネ大会は100メートルの派遣標準記録に0・1秒及ばず、出場を逃した。その瞬間、「負けず嫌いに火が付いた」。

08年北京大会は走り幅跳びで銀メダルを獲得。在籍していた大阪体育大大学院では、踏み切りの技術や空中姿勢などを多角的に研究した。他の選手よりも切断部分が大きいといったハンディを背負うが、個性的な跳躍のスタイルを完成させて弱点を克服。前回リオデジャネイロ大会で2つ目の銀メダルをつかみ取った。

パラ陸上の第一人者として、競技の普及に貢献したい。そんな思いから、リオ大会翌年の17年にはプロに転向。義足で走るランニングクリニックも開催し、障害のある子供たちへの支援を精力的に続けてきた。

世界中が新型コロナウイルス禍に揺れる今、山本には伝えたいことがある。あの事故で景色は一変したが走れる喜びを知り、新しい人生が始まったことを。大舞台で大役を果たしたあと、力強くこう述べた。

「自己ベストを更新できたということは、自分はまだ伸びると思う。現役を続けていきたい」

(木下未希)

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