八王子より人口少ない鳥取県が狙う移住の勝ち組 - 産経ニュース

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八王子より人口少ない鳥取県が狙う移住の勝ち組

4年間に鳥取市にUターン移住した吉井秀三さん。仕事は自宅でリモートワークだ
4年間に鳥取市にUターン移住した吉井秀三さん。仕事は自宅でリモートワークだ

全国最少の鳥取県人口が7月の推計で55万人を割り込んだ。少ないながらも長らく「60万県民」を維持してきたが、東京一極集中などの影響を受けて人口が減り続けた。一方で、昨年の移住者数は2千人を超え、新型コロナウイルスの感染拡大下にあってもほぼ目標をクリア。テレワーク(リモートワーク)の普及により「仕事は都会、居住は地方」というライフスタイルが現実になる中、同県は移住者受け入れ拡大に一段と力を入れている。

鳥取県への移住を呼びかけるパンフレットなどがずらりと並んだ「ふるさと鳥取県定住機構」の受付カウンター
鳥取県への移住を呼びかけるパンフレットなどがずらりと並んだ「ふるさと鳥取県定住機構」の受付カウンター
60万県民時代の終焉

54万9941人。これが7月1日現在の鳥取県推計人口だ。1年間で4621人減った。全国46位で鳥取県の次に人口が少ない島根県(約66万6600人)より12万人弱少なく、市部との比較では東京都八王子市(約56万2500人)と兵庫県姫路市(約52万6300人)の中間くらいの人口規模だ。

鳥取県人口は、終戦直後の昭和20年の人口調査で56万3220人だった。以降、5年に1度の国勢調査をベースに人口の変遷をみると、昭和63年(国勢調査の補間補正人口)には61万6371人と最多となったが、平成22年に60万人の大台を割り込んだ。60万人から59万人まで1万人減少するのに要した月数は43カ月だったが、55万人から54万人までは30カ月と減少ペースが上がっている。

国勢調査ベースで昭和55年から25年間、人口60万人時代が続いており、中高年の県民にとっては「鳥取県人口は60万人」が共通認識。それだけに、鳥取市の60代の元公務員は「60万人を割ったときはショックだった。それが、55万人も割り込むとは」と嘆く。

畑仕事は移住生活の魅力のひとつ。東京から移住した吉井秀三さんは1週間に1度は土にふれる
畑仕事は移住生活の魅力のひとつ。東京から移住した吉井秀三さんは1週間に1度は土にふれる
人口減は悪いこと?

「わたしも鳥取県出身で、人口減に寂しい思いはある。ただ、自分自身はここ数年、鳥取で暮らし、住みやすさを感じている。そもそも人口減は悪いことなのか。今はオンラインでいろいろなことができる。主体的に楽しんで生きればよいのでは」

こう話すのは、平成29年10月、東京から鳥取市鹿野町に家族3人で移住した吉井秀三さん(43)。東京のIT(情報通信)会社のサラリーマンだった吉井さんが地方での生活を決めたのは、「元々、いつかは地方で暮らしたいと思っていた。結婚して住んだ東京の家が1DKと狭く、広い家、一軒家に住みたいと思ったから」。自分の出身地の鳥取か、妻の出身地の兵庫、両方の実家に近い岡山の中から鳥取市鹿野を選んだのは、知人に勧められたのが理由だった。移住を機に会社をやめた。

新型コロナ禍で今や当たり前になったパソコンを使ったリモートワークだが、4年前はまだ一般的ではなかった。吉井さんがこの仕事スタイルを先取りできたのは、培ったITスキルでマーケティングや経営・企画、プロジェクト推進などの仕事の需要が見込め、リモートで行えたから。

移住後は自宅2階に仕事場を設けて1日7~8時間、パソコンに向かう。その合間に、1週間に1度は近所に借りている畑で、ジャガイモや玉ねぎ、ショウガ栽培の農作業をする。地域の猟友会に所属してイノシシやシカの食害を防ぐためのパトロールは日課で、地域の学校運営協議会に入ったり、要請を受けて公民館でSNS講座を開いたりと、積極的に地域とつながっている。

吉井さんは「あまり行く機会はないが、東京に行こうと思えば車で30分程度で鳥取空港まで行け、そこから飛行機で約80分で東京に着く。大阪から東京に行くより早い。料理が好きだが、鳥取では新鮮な魚や野菜が手に入り、農業体験もできる」と、移住生活を満喫している。

移住の相談を受け付ける「ふるさと鳥取県定住機構」。昨年度下半期の移住は過去6年で最多の1280人だった
移住の相談を受け付ける「ふるさと鳥取県定住機構」。昨年度下半期の移住は過去6年で最多の1280人だった
移住者めぐり「競争」

地方への移住希望者にとって、地域のもつ魅力とは別に、受け入れ先の自治体や民間団体のサポートも重要な選択ポイントだ。奥大山の麓にIターンし起業した首都圏出身の60歳代の男性は、拠点となる事業所を町に斡旋(あっせん)してもらい、事業開始のための資金の一部に県の補助金を充当した。また、倉吉市のフィギュア製造工場で働きたいと移住してきた男性は、市から住宅を紹介された。

「住みたい田舎」として鳥取市や倉吉市などは毎年、子育て世代を中心に高い評価を得ている。背景には、県や市などが移住前後のフォローアップ体制充実に注力し、他県との差別化を図っていることもある。

県が総勢70人に委嘱している「とっとり暮らし(移住)アドバイザー」は鳥取への移住者らでつくる組織で、実体験をもとに新規移住者の相談にのる。県内各地に17団体ある移住者支援団体は、移住者同士や地元民らとの交流機会をつくり、空き家情報の提供なども行っている。移住者の相談を受け付ける移住定住サポートセンターは仕事も住まいもワンストップで支援している。

平成27年度から令和元年度までの5年間で計1万427人が全国から鳥取県に移り住んだ。新型コロナウイルス禍の昨年度は、2136人(1548世帯)にとどまったが、都道府県をまたぐ移動が一定程度緩和された下半期は1280人と27年度以降で過去最多の移住者数となった。

令和2~6年度の5年間に1万2500人(年間2500人)の移住を目標に掲げる県ふるさと人口政策課は「最終的にはこれまでと同水準の移住者数となった。新型コロナの影響で地方での暮らしや新たなライフスタイルに関心が高まっており、各県が競争だ。まず、移住希望者に鳥取県の情報を届けることが大切」としている。(松田則章)