女子走り幅跳び・中西 「最高の義足」で逆境越えた

【東京パラリンピック2020】<陸上 女子走り幅跳び(義足・機能障害T64)決勝>中西摩耶の3回目=国立競技場(萩原悠久人撮影)
【東京パラリンピック2020】<陸上 女子走り幅跳び(義足・機能障害T64)決勝>中西摩耶の3回目=国立競技場(萩原悠久人撮影)

助走をつけ、義足の右足で踏み切り、跳躍する。女子走り幅跳び(義足・機能障害T64)の中西麻耶(36)は28日に出場し、6位入賞。惜しくもメダルには届かなかったが、ここまでの歩みは「最高の出来」という競技用義足とともにあった。

6回のチャンスの最終回。緊張した面持ちでスタート位置に立つと、関係者が座る観客席に手拍子を求めた。助走から踏み切り、両手両足を大きく振って跳んだが、結果はファウル。競技場に一礼し、ため息をついた。記録は5回目で跳んだ5メートル27。自己ベストでアジア記録の5メートル70に届かず、悔しさがにじんだ。

本番直前の10日、関西に拠点を置く中西の姿は水戸市の競技場にあった。今回のパラリンピックのために新しく作り直した競技用義足の最終調整。踏み切る感覚を繰り返し確かめた。「これでいく」。同市の義肢メーカー「アイムス」の義肢装具士、斎藤拓(たく)さん(38)と作った義足はこの日、完成した。

義足は「1ミリでも前に跳びたい」という中西の要望に応えたものだ。競技の規定で、脛(すね)から下に相当する「板ばね」は、一般に流通しているものを用いるため、オーダーメードで作れるのは足を入れる「ソケット」の部分のみ。石膏(せっこう)で取った右足の型を基に作成するが、直前まで筋肉量が変化するため、調整は0・1ミリ単位の職人技だ。

ここまでの道のりは平坦(へいたん)ではなかった。21歳だった平成18年、勤務先の塗装店での事故で膝から下を切断した。開会式で聖火リレー走者を務めた義肢装具士の臼井二美男(ふみお)さんの勧めで翌年、陸上競技を始めた。

1年で北京パラに出場するなど、アスリートとして頭角を現すのは早かったが、困難にも直面した。資金難からセミヌードカレンダーを発売したことや、車で寝泊まりしたこともある。今大会の会場が東京に決まった25年は、いったん引退を決意した時期でもあった。

周囲の支えで復帰したが、昨年は新型コロナウイルス禍で移動が制限され、拠点を地元・大分からコーチがいる関西に移した。試合後のインタビューで「大分に帰って競技場のおっちゃんと語りたい」と本音が漏れた。

義足について問われると「最高でした。これ以上の義足は世界のどこを探してもない」。最高の義足で力強く、逆境を踏み越えた。(橘川玲奈)

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