ロングセラーを読む

無言の棋士と豊穣な観戦記 川端康成著「名人」

作家がつづる将棋や囲碁のタイトル戦観戦記は、物言わぬ棋士の表情から予想外の意味や言葉を読み取り、文学作品の源泉になることもある。日本初のノーベル文学賞作家、川端康成(1899~1972年)の囲碁観戦記に基づく『名人』はその代表格だろう。

川端といえば、『雪国』や『伊豆の踊子』などの高名な作品で親しまれるが、『名人』もロングセラーの一角を占める。手元にある昭和37年発行の新潮文庫版は平成30年10月時点で44刷に及ぶ。

作品の下敷きとなったのは、川端が昭和13年に新聞連載した本因坊秀哉(しゅうさい)名人の引退碁の観戦記。約1年後の15年1月に名人は亡くなるが、川端は将棋もする名人の死の直前に指し、死顔を写真に収めている。それから10年以上の歳月を経て「名人」を完成させた川端にとって同作品は「氏の胸のうちに何時(いつ)までも安らごうとしない名人の魂を鎮めるための鎮魂歌」(文芸評論家の山本健吉)だったようだ。

川端が観戦した名人の引退碁の相手は、「怪童丸」の異名を取り、多くの後進を育成した木谷実七段(作品では大竹七段)。痩躯(そうく)の名人が病で倒れて休止するなど、1局の碁に半年を費やす異例の展開となった勝負は木谷七段が勝ち、「不敗の名人」の囲碁人生は幕を閉じた。

大きな目で対局を見届けた川端の筆は、一時代を築いた名人の宿命を静かにつづる。

「勝負の世界では、常に英雄を実力以上に祭り上げるのが、見物の好みのようだ。(中略)名人になってからの、殊(こと)に晩年の戦いにまで、不敗を世間から信じられ、自分も信じて臨まねばならなかったのは、むしろ悲劇だ」

そして、人生の全てを勝負に注いできた名人をこう評した。

「勝負を職業とする人は、たいていほかの勝負ごとも好きなものだが、名人のは態度がちがっていた。(中略)気晴らしや退屈しのぎとは見えないで、勝負の鬼に食われているように不気味だった」

作品からは、のどかな時間も漂ってくる。対局場の宿の湯につかりながら対局者と話し込んだり、付き添いの家族と雑談したり…。囲碁に不案内でも、人間模様にぐいぐい引き込まれる。

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