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御心 800年の時を超え 隠岐諸島・中ノ島(島根県)

海の玄関口である中ノ島の菱浦(ひしうら)港。船の待合所兼複合施設の「キンニャモニャセンター」が出迎える
海の玄関口である中ノ島の菱浦(ひしうら)港。船の待合所兼複合施設の「キンニャモニャセンター」が出迎える

後鳥羽上皇が隠岐(おき)諸島に遷幸(せんこう)されて、今年で800年になる。島の人たちは近年、後鳥羽上皇に親しみを込めて「ごとばんさん」とも呼んでいる。

4つの有人島(島後、中ノ島、知夫里島、西ノ島)から成る隠岐諸島は、島根半島の沖合約60キロの日本海に位置する。海岸にそそり立つ圧巻の岩肌や、海上に浮かぶ奇岩群など雄大な自然が魅力だ。古(いにしえ)より〝防人の島〟として大陸との国境にたち、国際的な交易地としても栄えた。

隠岐諸島における歴史上のターニングポイントは、後鳥羽上皇の遷幸が大きくかかわる。

第82代の天皇に即位した後鳥羽上皇は、1221(承久3)年に日本を二分する承久の乱に敗れ、都から隠岐諸島の中ノ島にお遷(うつ)りになった。

文武両道に優れたと伝わる後鳥羽上皇は、和歌や刀剣、相撲、蹴鞠(けまり)、琵琶(びわ)などに造詣が深く、島で崩御されるまでの19年間で、和歌集「後鳥羽院 遠島御百首」や「隠岐本 新古今和歌集」などを編纂(へんさん)されて詩歌文化を拓(ひら)かれた。一方、刀剣の隠岐御番鍛冶(ごばんかじ)など後鳥羽上皇に由緒をもつ伝承や文化が生まれ、今日まで伝わる。