米国に脱出したアフガン人に聞く 家族への思い、怒り、失望…

25日、米首都ワシントン近郊のダレス国際空港に到着したアフガニスタン人の夫婦(大内清撮影)
25日、米首都ワシントン近郊のダレス国際空港に到着したアフガニスタン人の夫婦(大内清撮影)

【ワシントン=大内清】イスラム原理主義勢力タリバンが実権を掌握したアフガニスタンから逃れたアフガン人らが、米首都ワシントン近郊のダレス国際空港に続々と到着している。25日、手荷物だけを持って米国の土を踏んだ人々は、祖国に残した家族・友人らへの思いや、怒り、失望、もう二度と祖国には戻れないとの覚悟などを吐露した。

米政府関連の通訳だったというアフガン人男性は、妻と子供4人とともに疲れた表情を浮かべた。

「(首都カブールの)空港で2日間待って脱出した。あそこはもう誰にとっても安全ではない」

名前を尋ねると、「身元が分かれば故郷の家族が報復を受ける可能性があるから」と語り、米政府が用意した一時収容施設に向かうバスに乗り込んだ。

タリバンがカブールを制圧した今月15日、米永住権を持つアブドルサディキさん(31)は、結婚式を挙げるためカブールに帰郷していた。「こんなに早く政府が崩壊するとは思っていなかった。タリバン兵があっという間に街を飲み込んでしまった」。脱出時点では、タリバンが市民を暴力的に扱うなどのケースを見聞きすることはなかったものの、「米軍がいなくなれば(タリバンは)すぐに本性を現すさ。1996年がそうだった」と語る。

タリバンは96年、内戦下で勢力を拡大しカブールを制圧。当初は民心を掌握するために穏健な統治を敷く姿勢を示した。だが、それは「1カ月で噓だと分かった」と、当時6歳だったアブドルサディキさんは振り返る。ほどなくして、字義通りのシャリーア(イスラム法)適用に基づく、手足切断などの過酷な刑罰や、「非イスラム的」だとみなされた者への暴力的な取り締まりが始まり、萎縮して暮らさなくてはならなくなったからだ。

アブドルサディキさんは2001年のタリバン政権崩壊後、現地に進出した米建設会社で働き、16年に米国へ移民。今回は新婚の妻を米国に連れ出すことができたが、親族の多くや友人らはタリバン支配下のカブールに残ったままだ。

里帰り中にカブールからの退避を余儀なくされた妻と子供2人の到着を空港で待っていたジョワドさん(35)は、アフガンと米国の両政府に対する憤りを隠さない。「(タリバンの攻勢を受け国外脱出した)ガニ大統領は腰抜けだ。米国はアフガンに自由を与えておきながら、見捨ててそれを奪った」。自身も数年に一度は帰郷していたが、「もうそれも無理だろう」と肩を落とした。

25日、米首都ワシントン近郊のダレス国際空港に到着し、バスに乗り込むアフガニスタン人ら(大内清撮影)
25日、米首都ワシントン近郊のダレス国際空港に到着し、バスに乗り込むアフガニスタン人ら(大内清撮影)