母、ボウイ…一瞬から始まる永遠の物語 鋤田正義さん集大成の写真集&個展 - 産経ニュース

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母、ボウイ…一瞬から始まる永遠の物語 鋤田正義さん集大成の写真集&個展

Mother,Nogata,Fukuoka,1957 ©Sukita
Mother,Nogata,Fukuoka,1957 ©Sukita

英国のロックスター、デヴィッド・ボウイを約40年にわたり撮り続けるなど、主にミュージシャンを被写体にした作品で国際的に知られる写真家、鋤田(すきた)正義さん(83)。長いキャリアを回顧する写真集「SUKITA:ETERNITY」がこのほど世界同時発売され、未発表作品などを紹介する個展も東京都目黒区のブリッツ・ギャラリーで開催中だ。充実感をにじませる鋤田さんに聞いた。

「不思議なものですね。自分の集大成となる本がドーンと出来上がるのは。いやぁ、満足してます」

写真集は英国の出版社ACC Art Booksが企画編集したもので、日本語訳の小冊子付きの日本版も玄光社から刊行された。音楽、映画、演劇など各界著名人のポートレートに加え、初期の社会派ドキュメンタリーや実験的な広告写真、ストリートや風景を切り取った作品も網羅し、表現の幅や奥行きを感じさせる。

「コロナ禍で閉じ籠もってるだけじゃもったいない。創造性を発揮しにくい今は、過去に意識を向けて〝次〟に備える時期」だと考えた鋤田さんは、自作アーカイブの調査などに着手。同じ1938(昭和13)年生まれで、ポートレートの名手である2人の写真家―親交のあった英国のテリー・オニール、初期ビートルズの撮影で知られるドイツのアストリッド・キルヒャー―がこの数年内に相次ぎ鬼籍に入ったことも、自作の総合的な見直しへと向かわせたという。個展では、撮影当時に鋤田さん本人がプリントした貴重なビンテージ作品や、ボウイとのセッションにおける知られざるカットなども披露している。

一台のカメラから

盆踊りの浴衣をまとい、笠をかぶった女性。カメラを手にして間もない10代の終わりに、母を撮った一枚から写真集は始まる。ほのかな情感があり、鋤田さん自身、「最高傑作」と位置付ける作品。「人気のある写真より、心の写真として選べばそうなる」。ちなみに写真集は、母と同じ場所で同じ格好をした姪の写真で締めくくられ、時の経過と、それでもなお変わらないものを象徴的に見せている。

筑豊三都のひとつ、福岡県直方市生まれ。家は金物屋兼雑貨店を営んでいたが、父が戦死し生活は決して豊かでなかったという。高校3年の夏、母はねだる息子にカメラを買ってくれた。「リコーフレックスという二眼レフ。今思うと親の愛情ですね。こっちも年をとったから、わかるんですけどね」。最初の被写体は、母や愛犬など身近な家族だった。

「すべてはそのカメラを与えられたところから始まったんです」

憧れを追いかけて

米国文化が一気に日本へ押し寄せた時代。幼い頃から祖母に連れられ映画に親しみ、自作の鉱石ラジオでジャズやポップスなど洋楽を聴いた。「サブカルチャーに無意識に引き寄せられ、憧れた。その憧れがなかったら、僕はボウイまでたどり着かなかったでしょうね」

大阪の日本写真映像専門学校を卒業後、広告代理店の大広を経て65年に上京。広告制作会社「デルタモンド」でテレビCMやファッションブランドの広告などを手掛けた。特にメンズブランド「JAZZ」の広告はシュルレアリスムの画家、ルネ・マグリットの世界から発想した斬新な作品群で、後に海外で撮影をする際にポートフォリオ(作品見本集)として大いに役立ったという。

70年にフリーになり、ニューヨークへ向かった。前年のウッドストック・フェスティバルの熱狂に象徴される、若者文化のうねりを体感するためだ。「アンディ・ウォーホルを中心とするアートシーンにも興味があった。撮りたいというより、まずは時代を知りたかった」と振り返る。写真集には、ステージ上のジミ・ヘンドリックス(死の2カ月前!)を遠くからとらえた一枚が収録されている。

運命の出会い

今よりもっと音楽が時代と結びついていた当時、鋤田さんが時代の象徴としてミュージシャンを捉え、スタジオ撮影を企図したのは自然な成り行きだったのだろう。ビートルズ解散後のロックシーンで人気者だったT・レックスに照準を定め、72年、ロンドンに向かった。ただしアポイントメントはない。

「僕は英語ができないんでね、ヤッコさん(日本におけるスタイリストの草分け、高橋靖子さん)が日本から一緒に来てくれて、間に入ってくれた」。前年にロンドンで山本寛斎のファッションショーを手伝うなど、現地に人脈のあった高橋さんの献身がなければ、T・レックスのボーカル兼ギタリスト、マーク・ボランの臨場感あふれる有名な写真も、ボウイとの運命的出会いもなかっただろう。

「ロンドンをぶらぶら歩いていた時、男が片足を高く上げているポスターを見つけた。最初はロック・コンサートの告知というより、前衛舞踏みたいだと思った」。デヴィッド・ボウイという名前だけ記憶し、滞在先の安宿で働く若者たちに聞くと「今すごく勢いがある人だ」と言う。思えば、ボウイはアルバム「ジギー・スターダスト」を出した直後。実際にコンサートに行って衝撃を受けた鋤田さんらは、ボウイのマネジャーに何とかたどり着き、ポートフォリオを気に入ったボウイから撮影許可を得たという。

「初めてのフォト・セッションなのに、彼をこの先も撮っていこうと思った。それほどの魅力と手応えがありました。恥ずかしくて伝えられなかったけど、向こうもわかったんじゃないかな」。40年にわたる交流はこうして始まった。

互いにリスペクト

山本寛斎デザインの衣装を着た写真など、ボウイを撮った鋤田作品にはアイコニックなものが数々ある。中でもアルバム「ヒーローズ」(77年)のジャケットに使われた、手の動作が印象的なポートレート。77年、ボウイが盟友イギー・ポップと共に来日した際、1時間ずつの約束で2人を撮影し、その中で生まれた一枚だ。

「急な話で狭いスタジオしか借りられなかったので、上半身アップにしようと。英語が苦手な僕のノウハウとして、まず被写体を座らせてしまうんです」

まるでパントマイムのように次々とポーズをとっていたボウイが、たばこを手に一瞬見せた、柔らかな表情。ボウイの生前にはあまり表に出さなかった一枚というが、今回の写真集の表紙に使用した。不世出のスターが、鋤田さんを前に、心からリラックスしているのがわかる。

スタジオで、熱狂のステージで、あるいは京都の街の中で、鋤田さんはカメラ越しにボウイを見つめ続けた。撮影において2人は対等だったという。「彼は写真の選択を基本的に任せてくれた。アーティスト同士、尊重し合う関係でしたね。サディスティック・ミカ・バンドやYMOなどともそうでした。最近の人ほど『事前に見せてくれ』と言って自分で選ぼうとすることが多い」。写真とは、撮る者と撮られる者が共に創り出すもの。つい、嘆き節も出る。

ファインアートとして

被写体の本質にせまり、時間や物語を内包する鋤田さんのポートレート写真は、海外で特にファインアートとして評価され、美術館での個展も相次いでいる。「写真集刊行を機に、さらに鋤田作品のアート性が再評価されるはず」と同ギャラリーの福川芳郎さんは話す。

「僕のカメラの現実は、現実(リアル)ではない」と鋤田さん。カメラを通して写真家の目は、美的な構成やバランス、物語など、自らが見たいものを見ようとするのだ、と。

夕暮れの公園で遊ぶ子供たちを、遠巻きに見守る母の写真がある。日常にありふれた光景のはずだが、鋤田さんの作品には、いつの時代も変わらぬ母の情愛まで確かに定着している。「言葉にし得ないもの、『永遠の時』がそこにある。それが写真の力かもしれません」

個展「SUKITA:Rare & Unseen」は東京・下目黒のブリッツ・ギャラリーで10月11日まで。月・火曜休廊。完全予約制で、公式サイト(http://blitz-gallery.com/)から予約可能。入場無料。