【話の肖像画】評論家・石平(59)(24)日本人として許せない韓国の態度 - 産経ニュース

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評論家・石平(59)(24)日本人として許せない韓国の態度

「月刊正論」のトークショー「日本よ立ち上がれ!」でケント・ギルバート氏(右)と握手。中央は評論家で拓殖大教授の呉善花(オ・ソンファ)氏=平成31年3月
「月刊正論」のトークショー「日本よ立ち上がれ!」でケント・ギルバート氏(右)と握手。中央は評論家で拓殖大教授の呉善花(オ・ソンファ)氏=平成31年3月

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《『韓民族こそ歴史の加害者である 東アジアのトラブルメーカー』(飛鳥新社)を出版したのは2016(平成28)年。中国問題から、朝鮮半島問題へとウイングを広げる1冊となった》


僕は朝鮮半島問題の専門家ではありません。それでも「書かなければならない」と、どうしても思った。そう決めたらペン(言論)で斬り込んでいく。それが僕の執筆活動のスタイルです。02(平成14)年のデビュー作『なぜ中国人は日本人を憎むのか』(PHP研究所)は、中国共産党政権によって意図的につくられた感情的な「反日」への反論が動機づけになりました。「憤り」を起点とするのは変わっていません。

朝鮮半島問題に取り組むきっかけとなったのは、13(平成25)年の韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領(当時)による「加害者と被害者という立場は、1000年過ぎても変わらない」という発言でした。1000年? 僕の子や孫、その後も永遠に韓国へ「謝罪」し続けなければならない、と言うのか。日本人になった僕(07年に帰化)にはとうてい容認できない、許せないと感じましたね。

それを機に、徹底的に朝鮮半島の歴史を調べ始めました。これまで朝鮮半島の人々は、大陸とつながっているという地政学見地から「周辺国からたびたび侵略を受けていた、悲惨な歴史を持っている」という見方が多かったと思います。

ところが、実際にはそうではなかった。たとえば、元寇(げんこう)の際に高麗軍が日本を攻める先兵となったことはよく知られていますが、その高麗の国王は元に対して日本に攻め込むことを献策したこともあります。近代でも、同じ民族で戦った〝内戦〟である朝鮮戦争(1950~53年)で、韓国と北朝鮮がそれぞれ、アメリカと中国を巻き込んで多大な犠牲者を出しながら、結局は、何の成果もありません。戦争が始まる前の状態に戻っただけでした。

つまり、朝鮮半島の国々は歴史上、「被害者」というよりも、「加害者」の側面が強かった。日本、中国、ロシアなど周辺の国を巻き込んで迷惑をかけるトラブルメーカーだった。いまなお、国際ルールや国同士の取り決めを平然と破っている態度をみれば、これもうなずける。こういった視点は、あまりなかったと思います。


《日本による朝鮮統治(1910~45年)は儒教の価値観にとらわれて政治腐敗や圧政が行われていた社会を近代化させた。『朝鮮半島はなぜいつも地獄が繰り返されるのか』(徳間書店)では、儒教の影響についても斬り込んでいる》


朝鮮は李朝時代、儒教(朱子学)を国教としています。その価値観では、武人よりも文人が上位にくるので、「武」を軽んじる。だから朝鮮民族の対外戦争はいつも外部勢力の力を借りるのです。また商工業や医術などをさげすんで、携わる人々を低い地位にしたので、日本では江戸時代に花開いた町人文化が育たなかった。一方、庶民でも「読み書き・ソロバン」ができた日本は明治維新でいち早く、近代化を達成することができたのです。

強者である中国に追随して保身を図る「事大主義」の朝鮮は、中国を宗主とする華夷(かい)秩序の中で、自らを「小中華」と称していました。江戸時代に日本へ度々やってきた朝鮮通信使の見聞録などを見ると、日本人のことを「血が汚れている」とか、「獣」扱いにして、〝見下して〟いたことが分かります。友好親善の使節などではなかったのです。(聞き手 喜多由浩)

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