野球がぜんぶ教えてくれた 田尾安志

下積みの経験が指導に生きる

練習中に笑顔を見せる智弁和歌山の中谷仁監督(左)=甲子園球場(恵守乾撮影)
練習中に笑顔を見せる智弁和歌山の中谷仁監督(左)=甲子園球場(恵守乾撮影)

ここ数年、野球界は「プロアマ」の壁が随分と取り払われた。高校野球でも、智弁和歌山の中谷仁(じん)監督(元阪神など)や、東海大菅生の若林弘泰監督(元中日)ら元プロ野球選手の指導者が、チームを甲子園に導いている。

プロ野球を引退した人がアマチュアを指導する際に必要な、学生野球資格回復制度が2013年に誕生。研修会を受講することで、高校生や大学生を教えられるようになった。当初はアマ球界で指導キャリアを積んできた人たちの「職場」が荒らされるのでは、といった批判的な声もあったが、成功例も増えている。

高校生や大学生の指導は、技術にとどまらない。根本には、若者の人生をよい方向に導く-がある。ならば、その能力がある優れた人格を兼ね備えた指導者は、プロアマ関係なく存在するはずだ。

僕の同志社大時代の監督、渡辺博之さんはかつて阪神の外野手だった。しかし、打撃について技術的なことを教えてもらった記憶はない。チームは25人の少数精鋭。目が行き届いていないはずはないのだが、あれこれと細かく言われたことはなかった。

後になって考えると、プロ経験者ならではの判断だったのかもしれない。「このスイングで打てているのだから、変える必要がない」という考え方だ。並の指導者は、基本から外れている部分を見つけては矯正し、型にはめてしまいがちだ。しかし、多くのことを経験して本質を見る目に自信がある人は、余計なことはしない。結果が出ている者をそのまま生かし、伸ばすことができる。

選手として実績を残したからといって、必ずしもいい指導ができるわけではない。天才肌の人は、それほど苦労せずに活躍できたため案外、要点が見えていなかったりする。プロゴルファーの世界を見てもそれは顕著だ。選手として活躍できなかった人が一流のコーチとして優秀な選手を育てている。現役時代に試行錯誤してきた経験による「引き出し」の多さが、指導に生きるのだろう。

智弁和歌山の中谷監督のように、下積み生活の長かった元プロの選手が豊富な経験を糧に、アマチュアの指導者として伸びる姿を見るのは、本当にうれしい。(野球評論家)

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