朝晴れエッセー

一杯のかき氷・8月25日

夏になると、45年前の蒸し暑かった一晩を今でも思い出す。

そのころ、六畳一間の木造アパートの2階に、妻と2人で住んでいた。

窓は1カ所だけ。その窓を開ければ墓場で墓石の裏がずらりと並んでみえる。日中も日差しは入らない。外階段を誰かが上がってくるとアパートが揺れた。

部屋にエアコンはなかった。家具を置くスペースなどなかった。かろうじてトイレは入り口脇にあったが、もちろん風呂はない。歩いて5分ほどの商店街にあった銭湯に行った。

家賃1万9千円のアパートは「早乙女荘」と、名前だけはしゃれていた。

「2人では狭いね」という友人たちに、「立って半畳、寝て一畳あれば生活できる」と意気込んでみせていた。

妻も、僕の薄給にも泣き言ひとつ言わず、夜遅く帰宅する僕のためにおいしい夕飯をつくって待っていてくれた。

そのころ流行(はや)っていた、かぐや姫の『神田川』の世界を生活していたのがあの頃の僕たちだった。実際に、早乙女荘からちょっと坂を下れば神田川が流れていた。

あの一晩、あまりにも暑く、六畳一間は息苦しく、妻と2人で部屋から抜け出し、歩いて2、3分、商店街の端にあった喫茶店に逃げ込み、かき氷を注文した。

そのときの至福が忘れられないのだ。

もし、いま、あの頃のように生活しろ、といわれると、やはりきついかな? 一杯のかき氷であのような幸せ気分を味わえるかな?

自信はないが懐かしい。

木下順夫 70 東京都多摩市