思ふことあり

スポーツジャーナリスト・増田明美 目指すべき社会の縮図

多くの選手らが行き交う東京パラリンピック選手村=23日、東京都中央区(佐藤徳昭撮影)
多くの選手らが行き交う東京パラリンピック選手村=23日、東京都中央区(佐藤徳昭撮影)

オリンピックをテレビや新聞、ネットで見て感動し、「私もスポーツしたくなっちゃった」と、汗をかく生活習慣ができた人も少なくないかもしれない。ステキなレガシーである。

そして、今日から始まるパラリンピックにも人を動かし、社会を変える力があると思う。というのも、2008年の北京大会に向けて万里の長城にロープウエーやエレベーターが整備されたことには驚いた。中国でバリアフリー化が一気に進んだのだ。12年のロンドン大会は、英国での障害者雇用の促進につながった。19年の調査で、13年の雇用数に比べて130万人増えたという。

そして、14年ソチ大会では、ソチ市内のバリアフリー対応のトイレやエレベーターなどを記載した地図が作製された。後にそれがロシアの200都市でつくられたのだ。きっと高齢者にとっても暮らしやすい街になっただろう。

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「中村裕先生も天国からエールを送っていますよ」と笑顔で話すのは「太陽の家」(大分県別府市)理事長の山下達夫さん。8月15日、そこで東京パラリンピックの採火式が行われた。

中村裕さんは日本パラリンピックの父といわれる人。整形外科医で、イギリスのストーク・マンデビル病院に留学。パラリンピックの父といわれるルードウィッヒ・グットマン博士の指導の下、脊髄損傷患者のリハビリに積極的にスポーツを取り入れていることに衝撃を受けた。

中村さんは障害者スポーツの普及に尽力。1964年の東京パラリンピックでは選手団長を務められ、その後に、「保護より機会を」と、障害者が働き生活する施設「太陽の家」を設立したのだ。

採火式でともった火は、大分県各地の火と合わさり東京に運ばれた。そして、全国から集まった火はストーク・マンデビルで採火された炎と一緒になり開会式で聖火台に点火される。「失ったものを数えるな、残されたものを最大限に生かそう」と励ましたグットマン博士の心の炎と、中村裕さんの心の炎が一緒になると思うと、胸が熱くなる。

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開会式の1週間前にリモートで行われた日本選手団の結団式では、選手255人、伴走者などのパートナー23人、コーチ・スタッフ186人、総勢464人の全員の名前を丁寧に紹介。とても温かかった。日本障がい者スポーツ協会会長の鳥原光憲さんは「皆さん、それぞれがベストを尽くすことを願っています。表彰台に立てた人も、立てなかった人も胸を張って帰ってきてください」とあいさつ。

出場する選手一人一人にドラマがある。その中で、水泳の成田真由美さんに注目している。これまで20個のメダルを獲得、内15個は金メダル。北京パラリンピックで引退したが、「東京に開催が決まり、がんばろーと思いましたよ」と、満面の笑みで話す姿がステキだった。真由美さん、50代の星、がんばって!

陸上の新種目のユニバーサルリレーに注目してほしい。男女2人ずつが100メートルずつ400メートルを走る。第1走は視覚障害、2走が立位の切断等(義足)など、3走が脳性まひ、4走が車いすという順番。さまざまな障害がある選手がタッチでつないでゴールを目指す。

これから目指すべき社会の縮図のようにも思える。男女の配置は自由なので順位の入れ替わりが激しく、最後まで勝負が分からないから、見ていてハラハラドキドキする。パラリンピックを楽しみたい。