【話の肖像画】評論家・石平(59)(22)歴史カード与えた「靖国」の失敗 - 産経ニュース

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評論家・石平(59)(22)歴史カード与えた「靖国」の失敗

講演会で熱弁を振るう =平成27年、前橋市
講演会で熱弁を振るう =平成27年、前橋市

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《『帰化人が見た靖国神社のすべて 日本人になった中国人』(海竜社)という著作を出版したのは2014(平成26)年。日本ばかりが不当な譲歩を強いられ続けている「靖国問題」に厳しく切り込んだ》

日本が中国に歴史認識問題で「カード」を与えてしまった痛恨の出来事があります。それは1985(昭和60)年8月15日に、当時の中曽根康弘首相が、靖国神社に参拝したことに対して中国が抗議し、翌年の参拝をやめてしまったことです。その理由について中曽根さんは後に中国の親日派に配慮したなどと説明していますが、その人物は個人的にも親しい関係にあった胡耀邦(こ・ようほう)(元総書記)のことです。

つまり、最高権力者の鄧小平(とう・しょうへい)から追い落としをかけられていた胡耀邦を窮地に陥れないために、靖国参拝をやめたという。これは明らかにおかしい。2人は互いに、自宅を訪問したりして親しい関係にあったのかもしれませんが、中曽根さんが参拝を中止したところで胡耀邦を助けることなどできません。そもそもそれが参拝中止の本当の理由だったか、口実にしたのか、は分かりませんけどね。

日本の歴代首相はずっと、当たり前のように靖国神社に参拝していたのに、それまで中国が抗議したことなどありませんでした。だが、中曽根さんが参拝を中止したことによって、「日本は歴史認識問題で圧力をかければ折れる」という感触を与えてしまった。あしき前例をつくり、「靖国問題」をカードにしてしまったのです。それも、中国側だけが自由に使えるカードを、ね。味をしめた中国はたびたびこのカードをチラつかせ、日本から譲歩を引き出すようになってしまいました。

《これ以降、日本の歴代首相は靖国神社に参拝しなくなった。再開は11年後、1996(平成8)年の橋本龍太郎首相。さらに小泉純一郎首相は2001(平成13)年から毎年、6回も参拝している》

小泉首相は何度、中国が抗議しても参拝をやめなかった。「8月15日うんぬん」の問題はありましたが、日にちなど関係ない。首相として堂々と参拝したのです。当時、中国は胡錦濤(こ・きんとう)政権でした。いくら文句を言っても日本が聞かないのだから、中国はお手上げ。「カード」にできなくなったのです。

ところがその後の首相はトラブルを避けるかのように再び、参拝をしませんでした。小泉さんの後に参拝したのは2013(平成25)年の安倍晋三首相の1回のみ。「カード」を中国の手に戻してしまったのです。

公式参拝か、私的参拝か、などと、わけのわからないことを取り上げて問題視したのは、日本の一部メディアです。

そのメディアや識者の中には、靖国問題をめぐる各国の反発の理由として、いわゆるA級戦犯の合祀(ごうし)・分祀問題を取り上げて批判する向きがある。これはおかしい。

先の大戦やA級戦犯についてはいろんな見方や意見があるでしょう。だけど、これは日本の内政問題であり、外国からとやかく言われることではありません。もっと言えば、宗教の問題であり、日本政府ですら口を挟める問題でもない。

国のために命をささげた英霊の慰霊をどう行うか、これはとても大事な問題なのです。ないがしろにすれば亡国です。僕はすべての日本の政治家や官僚が靖国神社を参拝すべきだと思いますね。(聞き手 喜多由浩)

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