パラ落選「バタフライ・マダム」 前向く卓球・別所

神戸市西区の兵庫県立障害者スポーツ交流館で練習をする別所キミエさん=平成28年10月(宮沢宗士郎撮影)
神戸市西区の兵庫県立障害者スポーツ交流館で練習をする別所キミエさん=平成28年10月(宮沢宗士郎撮影)

東京パラリンピックに「バタフライ・マダム」はいない―。鮮やかなチョウの髪飾りで知られ、卓球で4大会連続出場中だった別所キミヱ(73)。6月の世界最終予選で結果が振るわず、目標だった東京大会への出場を逃した。悔しさをにじませながらも「勝負の世界だから仕方ない」と前を向く。夢破れた多くの選手の思いも背負い、パラリンピックが開幕する。

6月、スロベニアで行われた世界最終予選。5選手による総当たり戦で1勝3敗に終わり、別所は5度目のパラリンピック出場を逃した。「(東京は)自国開催だし、パラに出るためにこれまで頑張ってきた」。ただ、スポーツには勝敗がつきものだ。「仕方ない。やれることはやってきた」と胸を張った。

42歳で骨盤にある「仙骨(せんこつ)」周辺に腫瘍ができる病を発症、車いす生活になった。パラ卓球と出合ったのは45歳。当初はリハビリの一環だったが、「どんどん強くなって気持ちが膨らんでいった」。世界を目指すようになった。

パラリンピックには、56歳で2004年アテネ大会に初出場して以来、16年リオデジャネイロ大会まで4大会連続で出場を果たした。トレードマークはチョウの髪飾りやカラフルなネイル。海外では「バタフライ・マダム」「レジェンド」とも称され、リスペクト(尊敬)されている。

近年は苦難の連続だった。18年に交通事故に遭い、遠征や合宿に参加できなくなった。追い打ちをかけるように新型コロナウイルス禍にも直面。十分な練習時間を確保できなくなっていた。

自身を「逆境に燃えるタイプ」と分析する別所は、大会の延期が決まってからフォームなどの基礎を修正。盆や正月にも離れて暮らす家族と会うのを控え、感染対策も徹底した。

東京大会に向け、文字通り全身全霊を傾けた。それでも目標とする舞台には届かなかった。「今のままの自分ではあかんし、『今回ダメだったけど、じゃあ次の大会』と簡単にいけるものではない」。練習を再開したものの、3年後のパリ大会を目指すかどうかはまだ決めていない。

東京大会には出場しないが、その分、全力での応援を誓う。「パラリンピックは、普段は味わえない緊張感や楽しさを感じられる舞台。選手は平常心で、今までやってきたことを出して頑張ってほしい」。大会の重みを誰よりも知る73歳がエールを送った。(小川原咲)

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