【話の肖像画】評論家・石平(59)(21)忠誠心問わない「帰化」の不思議 - 産経ニュース

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評論家・石平(59)(21)忠誠心問わない「帰化」の不思議

日本国籍の取得を祝い、知人らがパーティーを開いてくれた(左より本人、ペマ・ギャルポ氏、呉善花氏、黄文雄氏) =平成20年、東京都内
日本国籍の取得を祝い、知人らがパーティーを開いてくれた(左より本人、ペマ・ギャルポ氏、呉善花氏、黄文雄氏) =平成20年、東京都内

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《日本人になることを決意して帰化を申請。2007(平成19)年、日本国籍を取得した。1988年に来日してから、20年目のことである》

僕の心としては、天安門事件(1989年)が起きた6月4日にもう、中国とは決別しています。早く、日本国籍を取りたかったのですが、国籍を変更するということは、そんなに簡単なことじゃありません。

ひとつの節目となったのは、2002年にデビュー作を出版したとき。ただし、最初は本があまり売れず、収入が安定しませんでした。日本に帰化する場合は、安定した経済的基盤の確立を問われるので、その条件には合いません。ようやく、執筆活動が軌道に乗り始めた06年に、帰化を申請することができたのです。中国にいる母親をはじめ、誰にも相談はしませんでした。後に報告した母は喜んでくれましたけどね。

申請してからは、許可が下りるのが待ちきれない思いでした。神戸の法務局に何度か出向いて、担当者からいくつかのことについて聴かれました。そこで僕は大いなる疑問を感じることとなったのです。日本の法務当局が帰化申請で気にするのは、先の経済的基盤や犯罪歴の有無などです。

つまり、思想信条は問われません。もっと大事なことは、「日本のことをどう思っているのか?」とか、「何のために帰化するのか?」とか、「日本人となって国家に忠誠を誓う」といったことはまったく聴かれないし、帰化の条件にならないのです。これは、国家として異常なことだと思いましたね。だって、日本人となる上で一番大切なことでしょう。こんなやり方をしていては、悪意や一定の意図をもって日本国籍を取ろうとする外国人を防ぐことなどできないではありませんか。

《申請は約1年後に無事、認められた。ところが、それを伝えられたときの担当者の説明は、わずか5分ほどで終了。拍子抜けをしてしまう》

「許可が下りましたので、来てください」と連絡をもらって、僕はもう興奮状態。うれしくて仕方がありません。勇んで出かけた法務局で案内されたのは、殺風景な一室でした。そこには日の丸も飾られていないし、君が代も流されない。事務的な説明が淡々と行われ、あっさり終わりました。

クレジットカードや携帯電話の手続きでも、もっと、ていねいに説明してくれるんじゃないですか、と思ったくらい(苦笑)。だって国籍変更は人生の一大事ですよ。せっかく満を持して、日本人になったのに残念でなりません。どうしても納得できない僕は自分なりのセレモニーを考えました。

《間もなく迎えた08年のお正月、伊勢神宮に参拝する。その後、靖国神社にも出向いて参拝した》

(中国人として生まれた)DNAまでは変えられないけど、縁あって日本人になった。そのことを(日本人の始祖で、伊勢神宮内宮の祭神である)天照大神(あまてらすおおみかみ)にごあいさつをして報告したいと思いました。4月には靖国神社で昇殿参拝を行いました。このときの様子は『月刊正論』で記事にしてくれました。

こうした、自分なりの儀式を終えて、僕は晴れて「日本人になった」喜びを嚙(か)み締めることができたのです。(聞き手 喜多由浩)

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