台湾ミステリー小説、民主主義とともに普及 話題作が日本初上陸 - 産経ニュース

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台湾ミステリー小説、民主主義とともに普及 話題作が日本初上陸

『台北プライベートアイ』(紀蔚然作・文芸春秋)
『台北プライベートアイ』(紀蔚然作・文芸春秋)

舞台は台湾の台北市。50歳を前に妻に見捨てられた劇作家で大学教授がすべてを捨てて探偵稼業を始める。その奮闘ぶりを描いた推理小説『台北プライベートアイ』(紀蔚然(きうつぜん)著、舩山むつみ訳、文芸春秋)が台湾生まれのハードボイルド作品として初めて日本に上陸した。海外でも好評だが、「ミステリー小説は民主主義の社会でないと生まれない」といわれ、台湾のいまを象徴する話題作ともなっている。

原題は『私家偵探』。2011年の発表で、ようやく日本で紹介された。連続殺人事件に巻き込まれ、解決に乗り出す素人探偵。緊張感と迫力の一方で台北の街並みやユーモアも楽しめる。今年3月には続編『DV8』も刊行されている。

著者は台湾大学演劇学部名誉教授で劇作家。レイモンド・チャンドラーやダシール・ハメットを読み、近年はジェフリー・ディーヴァー、マイケル・コナリー、ローレンス・ブロックの作品に目を通す。英国やフランス、北欧の作家も好きで、スウェーデンのヘニング・マンケルがお気に入りだ。

その著者が台湾通の文芸評論家、川本三郎氏とのオンライン対談で台湾のミステリー小説事情を語った。それによると、1980年代に雑誌「推理」が創刊され、推理小説が普及する下地ができ、90年代に欧米や日本の作品が大量に翻訳されて読者が増えた。21世紀に入り、「台湾推理作家協会」ができ、コンペティションなどを通じて社会に浸透していったという。

その背景にあったのが社会情勢の変化だ。1949年以降、戒厳令下で言論の自由は厳しく制限され、市民の逮捕、投獄という「白色テロ」が起きた。87年に戒厳令が解かれ、社会は自由と民主主義へと向かう。

「成熟した民主国家でないと推理小説のジャンルは生まれないことに共感します。言論の自由が認められ、出版も自由になり、社会全体で多様な声がすくい上げられていった。読者も文化や知識に貪欲になり、消費社会の成熟とともに推理小説は定着していった」

権力が勝手に市民を逮捕したり、拷問をしたりするような社会ではミステリー小説は生まれにくい。英国がミステリー小説の先進国となったのもうなずける。戒厳令下でもコナン・ドイルやアガサ・クリスティは読むことはできたが、それ以外は禁じられていたというよりも読む側に需要のない状況だったという。

台湾社会を描く

ただ、推理小説を書くには難しい時代になったという。台湾でも増えつつある監視カメラの存在だ。「録画中です。どうぞ笑顔で」という街中の表示は笑い話ですませられても、監視カメラなしに捜査や推理が成立するのかという問いに答えるには工夫が必要だ。

犯罪の性格も変わってきた。理由なき殺人を描こうとするとホラー小説になりかねない。事件の背景にある理念はやはり尊重したい。森や山で起きた典型的な殺人事件は必ずしも台湾が舞台でなければいけないものではないからだ。

「(スウェーデンの作家の)マンケルは『たくさん小説を書いているけど、実は心の社会を描いている』と話している。伝えたいのは台湾で起きた社会的事件とは何かということ。心の目に映る台湾の現状を書きたい。台湾での事件をベースに台湾の文化や社会の中で成立する探偵像、犯人像を創っていく。それが推理小説の作り方です」

日本の作品も参考になる。「欧米の作品は背景の叙述が長い。日本の作品は視覚的に想起させる場面が簡潔で力強い」。逆に疑問もある。「欧米では主人公の私生活を描く。離婚したり、酒癖が悪かったり。日本の主人公は浮世離れしている。食事をせず、シャワーも浴びない。なぜそこまで生活を犠牲にするのか」。それゆえに主人公はどうしても欧米寄りになる。

台湾出版事情

台湾も日本と同様、書籍の売れ行きは低迷しつつあるといわれる。日台間の橋渡しをしている「太台本屋」によると、昨年の書籍販売総額は対前年比約2・8%減の190・4億元(約727億円)だった。

ジャンル別では、刊行数は人文書、児童書、社会科学書、小説、漫画の順で多い。売れ行きはビジネス書などの実用書、自己啓発書、随筆やエッセー、ネットで人気の若手作家の文芸作品が上位に入っている。

ただ、ノンフィクションでは香港に関する書籍への関心が高まっている。中国に対する同様の不安から、香港情勢を伝える書籍が多く刊行される傾向にある。

一方、翻訳書は新刊の約27%を占め、割合としては3年連続で上昇している。推理小説も含めて、台湾の繁体字の中国語に翻訳されたもので、中国本土とは市場が異なる。国別では、日本が約55%と最も多く、次いで、米国、英国、韓国の順。日本の半数近くは漫画で、小説がそれに続く。

日本の推理小説では、最も人気なのは東野圭吾で、年2、3冊は翻訳が出ており、宮部みゆきも年1作は翻訳されているという。『台北プライベートアイ』の続編『DV8』では、宮部作品の影響を少し受けているそうだ。