「大福密約あった」篠原文也氏

会談する大平正芳首相(右)と福田赳夫前首相=1980年3月、首相官邸
会談する大平正芳首相(右)と福田赳夫前首相=1980年3月、首相官邸

福田赳夫元首相の生涯と実像に迫った「評伝 福田赳夫 戦後日本の繁栄と安定を求めて」(五百旗頭真監修、岩波書店)が、福田氏が大平正芳元首相との間で交わしたとされる「大福密約」を「存在しなかったのではないか」と記述した、と7月17日付本紙朝刊で紹介したところ、政治解説者の篠原文也氏が当時の取材をもとに「密約はあった」と反論した。

「大福密約」は、昭和51年の福田政権誕生前に、自民党総裁を1期務めた2年後には福田氏が大平氏に政権を譲る約束をしたとされるものだ。両氏らが同年10月20、27日に都内のホテルで会談した結果として交わした「念書」なるものも存在する。

篠原氏は「密約があったのは別の場所だ。10~12月の間に、福田派の上原正吉元参院議員の東京・中野の自宅で、福田、大平両氏に加え、保利茂元衆院議長、園田直元外相、鈴木善幸元首相、二階堂進元副総裁が会談した」として続けた。

「福田氏がテーブルに手をついて『1期2年、先にやらせてくれ。その後はあなたに譲る。一筆書いてもよい』と言った。大平氏は『そうした証文は永田町では破られてきた歴史があるのでいらない。あなたの言葉を信じる』と応じた。密約はあるが文書はないということだ」

保利氏の番記者だった篠原氏は、福田氏が党総裁再選の意向を表明した53年に「保利氏がこれまで見たこともないほど怒っていた」(篠原氏)ことから取材を始め、複数の出席者から同様の証言を得たという。

福田氏が生前に残した「福田メモ」には密約の存在を示す記述は存在しないというが、篠原氏は「都合が悪いことなので、メモに残さなかったのではないか」と語った。