【話の肖像画】評論家・石平(59)(19)売れなかったデビュー作に注目した編集者 - 産経ニュース

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話の肖像画

評論家・石平(59)(19)売れなかったデビュー作に注目した編集者

石平氏
石平氏

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《2002(平成14)年に出版したデビュー作『なぜ中国人は日本人を憎むのか』(PHP研究所)はあまり売れなかった》


この本の原稿は、2000年には、すでに書き上げていたのですが、当時所属していた民間の研究機関をやめるまでに時間が少しかかりました。

それに、本を出すといっても、出版社も知らないし、編集者にツテもない。結局、(当時住んでいた)京都にあるPHP研究所に原稿を送りました。いきなりです(苦笑)。

すると、しばらくして編集者から電話があった。「ウチから出しましょう。(この本には)意味がある」とね。今から思うと、よく僕のような何のキャリアもない、氏素性(うじすじょう)も分からない人間の本を出そうと思ってくださったものですよ。発刊の日は、出版社の好意で「02年1月30日」にしてもらった。僕の40歳の誕生日です。


《デビュー作には、中国で高まっている「日本憎悪」の〝実体なき真相〟や、共産党による「反日」宣伝キャンペーンの内幕が生々しく書かれている》


おそらく当時の中国の「反日」の実態を、これほど詳しく書いた本は日本で初めてだったのではないでしょうか。

ただ、本は売れなかった。反響もなく、新聞、テレビ、雑誌などのメディアで取り上げられることもありません。まあ、無名の中国人(当時)が書いた本ですから、当然といえば、当然なのですけどね。

それでも、僕としてはもう、戻るわけにはいかない。「ルビコン川」を渡ってしまった。この道(執筆活動)を進むしかなかったのです。


《ところが、デビュー作に注目していた編集者たちがいた。新作のオファーがあり、同年中に、『中国「愛国攘夷(じょうい)」の病理―吹き荒れる電脳ナショナリズム』(小学館文庫)、『数字が証す中国の知られざる正体―「21世紀は中国の世紀」のウソを暴く』(日本文芸社)の2冊を新たに出すことができた》


せっかく、編集者が注目してくださったのに、この2冊も全然、売れない。売れないから、出版社としても、次のオファーを出せないわけです。デビューの年の02年に3冊出した後の2年間は1冊も本を出せませんでした。食べていくために、以前所属していた民間の研究機関に頼んで、中国語の翻訳の仕事を回してもらい、何とか生活をしていたのです。

ようやく、風向きが変わったのは05年。中国で大規模な「反日暴動」の嵐が吹き荒れたことでした。


《「反日暴動」では四川省成都の日系スーパーが襲撃され、北京や上海でも、デモが暴徒化した。インターネットによって反日感情があおられ、群衆の行動も激しさを増してゆく》


皮肉なことに、この事態によって、僕がこれまで本で書いてきたことが、「ウソじゃない、真実である」と日本人に信用されたのです。

再び、本の出版の依頼が寄せられるようになりました。さらに、産経新聞社発行の論壇誌『月刊正論』などからも原稿の注文が来るようになったのです。〝筆一本〟の執筆活動が軌道に乗り始めました。(聞き手 喜多由浩)

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