アフガン女性抑圧の懸念高まる 国連や米欧、タリバンに懐疑の目

15日、アフガニスタン・カブールの国際空港のターミナルで待機する人々(共同)
15日、アフガニスタン・カブールの国際空港のターミナルで待機する人々(共同)

【ニューヨーク=平田雄介、シンガポール=森浩】アフガニスタンでイスラム原理主義勢力タリバンが20年ぶりに政権を掌握し、女性が再び抑圧される懸念が高まっている。かつてのタリバン支配の時代には女性の就学や就労が禁じられ、違反すれば見せしめとして人前でむち打ちや石打ちの刑に処せられた。タリバンは「イスラム法の枠内で女性も学び働ける」と強調するが、国連や米欧諸国は「行動が伴うか注視する必要がある」と懐疑的だ。

「タリバンの言葉が確実に履行されるか見極めるには時間が必要だ」。18日、アフガンから国連の記者会見にオンラインで出席した国連児童基金(UNICEF)担当者はこう話し、南部カンダハルや西部ヘラートではこれまでのところ女子児童や生徒の通学を確認できていると説明した。

一方で、AP通信は13日に北部タハルの教師の話として「男性の付き添いなしでは市場に買い物にいけなくなっている」と報道。ロイター通信も同日、7月初旬の話としてカンダハルの銀行で働く女性9人をタリバンの兵士が自宅まで送り届け、親戚の男性が代わりに働くので女性たちは職場に戻らないようにと伝えたと報じた。

これらは1996~2001年のタリバン統治時代への「後戻り」の予兆だと警戒されている。

当時、女性はイスラム法の厳格な解釈によって就労できず、外出するときには男性の親族が付きそうことが義務づけられていた。少女は就学を許されず、女性は全身を覆うブルカを着なければいけなかった。

01年9月の米中枢同時テロ後、首謀者の国際テロ組織アルカーイダ指導者、ウサマ・ビンラーディン容疑者の引き渡しをタリバン政権が拒んだことから米英はアフガンに進攻。同年12月、タリバン政権は崩壊し、国連の仲介で暫定政権が発足した。04年にイスラム教と民主主義を両立させる新憲法を採択し、大統領選を実施。親米政権の下でアフガンの女性は就学・就労の機会を得て、大学に通い、政府や企業で働き、国会議員も誕生した。

タリバン報道官は、首都カブール制圧後初めて開いた17日の記者会見で、女性は教育、医療、雇用に関する権利を維持し、イスラム法の枠内で「幸せ」に暮らすだろうと述べた。女性が進行するニュース番組に出演し「新生タリバン」を印象づける演出もみせた。

しかし、現地の女性にとって抑圧的なタリバンの記憶こそ生々しい。国連報告によれば、米軍の撤退方針に伴いタリバンが支配下に入れた地域から逃げ出した人は今年5月末以降25万人に上り、その8割が女性と子供だった。写真家のラダ・アクバさんは首都カブールが制圧された15日、「人生で最悪の日だ。目の前で愛する国が崩壊した」とツイッターに投稿した。

産経新聞通信員の取材によると、タリバン支配地域の一部では構成員が女性の単独での外出を禁止した。既に国営テレビのキャスターも女性から男性に変更された。

北東部ファイザバードに住む女性は「かつてのタリバン政権もイスラム法の名のもとに恐怖政治を敷いた。到底安心できない」と懸念を強めている。