無冠の元王者、萩野公介の涙の理由 苦しんだ5年経て「一番幸せ」

男子200メートル個人メドレーで決勝進出を決め、準決勝のレース後に感極まる萩野公介。5年分の苦しみが詰まった涙だった=東京アクアティクスセンター
男子200メートル個人メドレーで決勝進出を決め、準決勝のレース後に感極まる萩野公介。5年分の苦しみが詰まった涙だった=東京アクアティクスセンター

5年分の苦しみがあふれ出したかのように、萩野公介(ブリヂストン)はボロボロと涙をこぼした。7月29日。東京五輪の競泳男子200メートル個人メドレーで、上位8人で争う決勝進出を決めた後だった。大会前の今季の世界ランクは12位。敗退もちらつく中で全体6位で夢をつなぎ、「本当にいろいろなことがあったんですけど、もう一本決勝を泳げるなんて、そして(瀬戸)大也(TEAM DAIYA)と一緒に泳げるなんて、神様がくれた贈り物としか思えないなと思って。すごくいま幸せです」。プールサイドで目頭を押さえながら言葉を紡いだ。

5年前、萩野はリオデジャネイロ五輪男子400メートル個人メドレーで世界の頂点に立った。200メートル個人メドレーでも銀メダル、主力として牽引(けんいん)した800メートルリレーで銅メダルもつかんだ。「もっと、もっと強くなりたい」。レース直後には、すでに東京五輪でのさらなる飛躍を見据えていた。

しかし、わずかな感覚のずれが歯車を狂わせた。リオから帰国後、古傷の右肘を手術した。自分の腕ではないような感覚に戸惑い、緻密な泳ぎが少しずつ崩れだした。タイムも伸び悩んだ。2019年2月のコナミオープンではリオ五輪で出した400メートル個人メドレーの自身の日本記録を17秒以上も下回った。どうすれば改善できるか。イメージは浮かぶが、それよりも「正直つらいという気持ちが先に出てきた」。限界だった。

翌月、スペインでの高地合宿を前に萩野は涙ながらに平井伯昌コーチに電話で伝えた。「大好きな水泳が、嫌いになりつつあります」。18歳から師事する恩師は、「初めて自分の気持ちを口にしてくれたな。うれしいよ」と受け止めた。そして、「もし、次またスタートしたときには自分のために泳ぎなさい」と言葉を添えた。