比良すいか 農家減少の危機に奮起、ブランド化で攻勢 - 産経ニュース

メインコンテンツ

比良すいか 農家減少の危機に奮起、ブランド化で攻勢

甘くてみずみずしい比良すいか=大津市
甘くてみずみずしい比良すいか=大津市

琵琶湖を望む比良山系のふもと、自然豊かな大津市の比良地域で生産されている「比良(ひら)すいか」は知る人ぞ知る湖国の夏の顔となっている。甘みが強く、口の中で溶けるような柔らかな食感が特徴だ。同地域では江戸時代からスイカ作りを続けてきたが、比良すいかとしてブランド化したのはこの20年ほどのこと。農家の減少という危機に直面したことが、比類無い味を磨くきっかけになった。

地域の特産品に

比良すいかが育つ比良山系のふもと、比良地域の地質は花こう岩の砂地で水はけが良く、スイカづくりに最適とされる。この地で生産を手掛ける「比良すいか生産組合」の会長、伊藤久司さん(70)は「地質の影響もあり、比良すいかは大変甘い」と強調する。

約8キロの重さがあるという収穫間近の比良すいか=大津市
約8キロの重さがあるという収穫間近の比良すいか=大津市

「子供のころからスイカを食べて育った。このあたりでは江戸時代ごろから作られていたんじゃないかな」と伊藤さん。ところが、長い歴史を持つスイカづくりも平成に入り、農家が減少。厳しい状況に追い込まれつつある中、約20年前、地域住民から「スイカを地域の特産品にできないか」という声が上がったという。

そこで伊藤さんら40戸ほどの農家がスイカを特産品にしようと立ち上がり、生産組合を発足させた。地域の各家庭で食べられてきたものとはちがい、目指したのはブランド化だった。伊藤さんは初代会長らと全国のスイカの名産地を視察し、甘みの強さや口触りの良さを出すため、研究を重ねた。異常気象などが続き、まったく生産できない年もあったが、「おいしいスイカを」と次の年も栽培を続けた。

厳しい基準もクリア

ほかの野菜と比べ、手間暇がかかるというスイカの栽培。地元のJAレーク滋賀の担当者は「地道な努力がなければスイカは作れない。伊藤さんらの努力があってこそ、今の比良すいかがある」と力を込める。

スイカは水に弱く、水が浸入しないよう高い畝(うね)をこさえる必要があるが、伊藤さんらは土を盛り上げる作業をすべて手作業で行っているほか、実の繊維が崩れて空洞化してしまう「棚落ち」を避けるための工夫も凝らす。ただ、いくら努力しても天候などにも左右されることから、伊藤さんは「梅雨が長引いたり、病気などになったりするのが毎年恐ろしい」と明かす。

後継者不足が今も課題
大玉で8~10キロの重さになるという比良すいかを持つ伊藤久司さん=大津市
大玉で8~10キロの重さになるという比良すいかを持つ伊藤久司さん=大津市

比良地域で作られるすべてのスイカが比良すいかを名乗れるわけではなく、糖度12度以上の甘さや8~10キロ程度の重さ(大玉)など糖度や形質といった一定以上の品質基準をクリアしなければならない。化学合成農薬の使用量を削減するなど、環境にもこだわって栽培されているのも大きな特徴で、県の「環境こだわり農産物」にも認証されている。こうした高品質の厳選されたスイカのみが比良すいかとして出荷されている。

伊藤さんら農家の地道な努力の末、ふるさと納税の返礼品になったこともあるなど地域ブランドとして定着してきた比良すいか。だが、高齢化を背景にした担い手不足は、20年前にブランド化を目指した頃に比べても深刻化しており、比良すいかの継承が喫緊の課題となっている。

現在、比良すいかの生産農家の平均年齢は80歳を超え、組合に加盟する農家も約20年前は40戸ほどだったが、現在は10戸程度、出荷数も3~4分の1にまで減ってしまった。農家からは「いつまで(生産が)続くかな…」といった行く先を危惧する声も漏れている。

ただ、伊藤さんは「比良すいかを『美味しい』と毎年待ってくれている人たちがいることがうれしい」と笑顔で語る。比良すいかがいつまでも湖国の夏を彩る存在であることを心から信じている。(清水更沙)