【シンガポール=森浩】アフガニスタンのイスラム原理主義勢力タリバンは、今月6日に南西部で最初の州都を制圧してわずか10日で首都カブールを支配下に収めた。水面下の懐柔工作で各州都の降伏を促していた周到な戦略に加え、政府軍の想像以上の脆弱(ぜいじゃく)さが電撃的な全土制圧につながった。「新タリバン政権」の見通しは不明だが、恐怖支配が復活する懸念はぬぐえない。
水面下の「開城交渉」
タリバンの兵力は6万人程度とされるが、政府の後ろ盾だった駐留米軍が本格的に撤収を初めて以降、軍閥や武装勢力が次々と合流した。実際には15万人以上に膨らんだもようだ。タリバンはかつて国内多数派パシュトゥン人が構成員の中心だったが、政権崩壊後の20年間で少数派の民族にも支持者を広げたことも組織拡大につながった。
同時に進めたのが水面下の交渉だ。「各地で地域の宗教指導者がタリバンを受け入れた。調略によるものだ」。タリバンが12日に制圧した西部ヘラート選出の議員は産経新聞通信員の取材にこう話した。アフガンでは伝統的に宗教指導者や地域の長老が力を持つが、タリバンは戦闘停止を持ちかけて懐柔し、都市を明け渡させたという。
硬軟合わせた攻勢に米国が計880億ドル(約9兆6千億円)を投入した政府軍は瓦解(がかい)した。総数は30万人規模(警察含む)とされるが、軍幹部が給与を着服しようと兵士数を水増し申請しており、実数は政府も把握できなかった。末端の腐敗も深刻で、米装備品がタリバンに横流しされることは常態化していた。
窮したガニ大統領はかつてタリバン打倒の立役者となった軍閥との連携を図ったが不発に終わった。中央集権的政策を志向するガニ氏と各軍閥の間には隙間風が吹いており、信頼関係が構築できなかったようだ。
既に「結婚強制」も
国内を再制圧したタリバンによる新たな支配体制はまだ見通せない。米国の影響力は地に落ち、中国やロシアが関与の度を深める展開が予想される。
国内では人権弾圧復活への警戒感が急速に高まっている。タリバン報道担当者は15日、「全アフガン人が参加する包括的な政府を求めている」とコメント。女性の就学や就労の権利尊重は「われわれの方針だ」と表明した。以前のタリバン政権が人権侵害で国際社会の批判を浴びたことを意識した発言とみられる。
ただ、支配下の地域では女性が無理やり戦闘員と結婚させられたケースが報告され、「娯楽」を禁じる立場からコメディアンが殺害された。北部の支配下地域の放送局では女性の出演が禁じられた。融和姿勢は真意を覆い隠す「仮面」に過ぎない可能性がある。