指揮官と選手を結んだ強い絆 猛練習で五輪「銀」つかんだバスケ女子日本代表

16年のリオデジャネイロ五輪で過去最高の8強入りを果たしたチームの指揮をホーバス監督が託されたのは17年。1月の就任発表会見では「東京五輪の決勝で米国と対戦して金メダルを取ることを夢見ている」と宣言した。

ペンシルベニア州立大卒業後、ポルトガルのチームを経て、1990年にトヨタ自動車(現A東京)に入団。社業もこなしながら当時の日本リーグで4年連続の得点王に輝き、実績が評価されてNBAホークスとの契約を勝ち取った。「私は中学からNBAでプレーしたいと思っていたから実現することができた。夢は大きく持たないと達成できない」。いきなり金メダルを目標に掲げたのも、指揮官にしてみれば当然のことだった。ことあるごとに五輪での金メダルを口にしたホーバス監督に、主将の高田真希(デンソー)は「どんな状況でもぶれさせずにやってくれた。言霊って大事だなって思います」と感謝を口にした。

引退後は米国の一般企業を経て、2010年からWリーグのJX(現ENSOS)でコーチとして日本の女子の指導に携わるようになったホーバス監督。意思をはっきり伝えるため、通訳を介さず、日本語で選手と話すのも当時からで、報道陣に対しても「大切な会見だから」と代表監督就任発表会見で英語を使って以降は、ずっと日本語で取材対応してきた。

五輪では試投数、成功率とも高かった3点シュートが目を引いたが、金メダルをつかむための基盤として就任当初から磨いてきたのが、走力とフィジカルコンタクトの強化。スピード、運動量とも際立っていた走力については、JXでのコーチ経験から日本人の強みとして学んだ。「(JXの)佐藤清美監督がしつこく選手たちを走らせる。『え、そこまで?』と。でも選手たちは全然ギブアップしない。いい勉強になった」

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