小技光るも全体的に「説明不足」 五輪開会・閉会式 専門家が〝総合評価〟

無観客で東京五輪開会式が行われた国立競技場。ドローンを使った球体の演出も見られた=7月23日午後10時46分、東京都(本社ヘリから、沢野貴信撮影)
無観客で東京五輪開会式が行われた国立競技場。ドローンを使った球体の演出も見られた=7月23日午後10時46分、東京都(本社ヘリから、沢野貴信撮影)

東京五輪の感動的な17日間は幕を閉じた。直前までトラブルが続き、新型コロナウイルスの感染拡大もある中で無事に執り行えたこと自体が喜ばしい。史上初の無観客開催で最も注目を集めたのは開会式と閉会式だが、純粋にショーとして評価した場合、どうだったか。舞台芸術の専門家たちは「飽きさせないスピードも、壮大なスペクタクルも、一貫したストーリーも足りなかった」と口をそろえて辛口になり、「日本のエンターテインメントのレベルはもっと高いのに」と悔しがる。

長い話はカットせよ

2つの式典について、「とにかく長かった」と映画・演劇評論家の萩尾瞳さんは話す。開会式は約4時間、閉会式は約2時間半も続いた。必ずプログラムに入れなければならない行進やスピーチ、オリンピック賛歌演奏のほか、少人数での歌やダンス、大道芸など「脈絡のない小さな出し物の連続で、大きなテーマが感じられない。途中で飽きてしまう」。

特に「苦痛だった」と話すのは、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の橋本聖子会長と、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長のスピーチだ。開会式では橋本会長が約7分、バッハ会長が約13分。事前に報道各社に示されていた予定では2人で9分だったが、実際は2人で20分となった。比較して短くなったとはいえ、閉会式も橋本会長が約5分、バッハ会長が約7分。

「主役である選手たちも退屈していたかも。米国映画界のアカデミー賞授賞式のように音楽でも流して、強制終了すればよかったのに」と振り返る。アカデミー賞などの式典では通常、受賞者のスピーチは1分程度と決められている。壇上で舞い上がってしまい、時間を超過した受賞者には、音楽を流して警告、妨害するのだ。

スケール感がない

開会式で上空に地球を描いたドローン群は高評価だった。「技術的に目新しいものではないとはいえ、小さなドローンが集まって作られた地球は壮大。さまざまな人、生命が集まる地球というテーマも分かりやすかった」と話す。前回東京五輪の際に開発されたピクトグラムの紹介と実演も「アイデアが素晴らしい」と称賛する。

閉会式のフィナーレで、電光掲示板に表示された「ARIGATO」の文字=8日夜、国立競技場
閉会式のフィナーレで、電光掲示板に表示された「ARIGATO」の文字=8日夜、国立競技場

一方で、「全体的にスケールが小さかった」と指摘する。例の一つとして、閉会式で「日曜日の昼下がりの公園というイメージ」で行われた、けん玉などの大道芸やDJプレイなどのパフォーマンス。〝ごった煮〟と揶揄(やゆ)されていることを挙げ、「大きな空間を巻き込む演出が上手ではない」とため息をつく。

またフィナーレでの、大竹しのぶさんと杉並児童合唱団による「星めぐりの歌」の場面。「大竹さんと子供たちを、あんな広い空間にほうり出すだけで、なぜ光や映像で盛り上げないのか。無観客だから、いくらでも客席などに仕込みはできたはず」と、ショーアップの必要性を説く。

その後に流れるクロード・ドビュッシーの「月の光」についても、「子供たちの希望を託した星から月へ、フランスの作曲家の曲を使うことで東京からパリへの五輪継承を示したのだろうが、観客が直感的に理解できないものは、エンタメとして難がある」と苦言を呈した。

せっかくのチャンスだったが

「全体的に説明不足だった」と指摘するのは、舞台コラムニストの石井啓夫さん。「それぞれの出し物について、ショーにあるべき一貫したストーリーの流れがなく、式典内での説明もない。有名人が出てきても『なんであの人が出てきたの?』と唐突感だけが残る」と話す。

例えば聖火ランナーの人選について、「なぜその人でなければならなかったのか」という理由付けを、もっと徹底すべきだったと説く。「どんな有名人でも、世界中の全員が知っている人なんていない。長嶋茂雄さんが出てきても、背景が分からないと『ただ苦労して聖火を運んでいるおじいさん』になってしまう」

開会式での、日本の伝統と現代性の融合を示したとみられる江戸時代の労働歌「木遣(きや)り唄」と真矢ミキさんらのタップダンス、市川海老蔵さんの歌舞伎十八番「暫(しばらく)」と上原ひろみさんのピアノ演奏なども、「全部、式典外の解説がないと意味が分からない。それは会場にいる選手や、世界の人々にとって不親切だ」と首をかしげる。「宝塚や歌舞伎、そのほか諸々。世界に、日本のエンタメの魅力をアピールするチャンスだったのに、これでは伝わったかどうか」

出演者やスタッフの、これまでの素晴らしい仕事ぶりや輝かしい功績を知っているからこそ、「もっと良いものができたはず」と言いたくなるようだ。