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いまなお社会を映す鏡 ケン・キージー『カッコーの巣の上で』

『カッコーの巣の上で』ケン・キージー作(パンローリング)
『カッコーの巣の上で』ケン・キージー作(パンローリング)

米コロラド州ポートランドの近郊にある、精神障害者のための州立病院に1人のやっかいな男が入所してきた。ランドル・パトリック・マックマーフィ。あまりに粗暴で精神に障害があるとされた。病院の女性師長が「マックマリー」と気安く呼び間違えても知らぬ顔だったが、やがてその独裁ぶりに反旗を翻していく。

ジャック・ニコルソン主演でアカデミー作品賞を受賞した映画『カッコーの巣の上で』(1976年)で知られているかもしれない。小説は「族長」と呼ばれる入所者が病院内での出来事をつぶさに語る形式で展開していく。

荒っぽくても陽気に意志を貫く不屈の主人公。病院の規則を盾に権威をふりかざす師長。その闘いの描写には、病院は巨大な体制の象徴であり、その中で個人の自由が危機に瀕(ひん)しているという、痛烈な批判が読み取れる。

「二十一票だ!」。主人公がこう叫ぶ場面がある。病院内のテレビで米大リーグの試合を見ようとしても許可されない。入所者40人で多数決をとることにこぎつけたものの、賛成者は20人。土壇場であと1人を味方につけていくエネルギーには感動すら覚える。

1962年に発表され、74年に冨山房から『郭公の巣』として日本語訳が出版された。96年に改訳され、映画の邦題に合わせて出版し直した。それが絶版と分かり、2014年に白水社から復刊。それも絶版となり、今年6月に48年目で3度目の復刊を果たした。主人公も顔負けの粘り強さである。

出版当時、米社会は人種差別や反戦運動、暴動と混迷の時代だった。翻訳した岩元巌氏の解説を読むと、体制への順応を強いられて「臆病な集団」といわれた50年代への反逆と思えてくる。そうした米社会を反映したブラックユーモア小説の代表作となり、当時まだ20代だったケン・キージーは反逆する若者の象徴ともなった。

体制に逆らう者を異常者とし、新たに順応を迫る。その描写は虚構でも本質はそうではない。主人公の姿を見てきた「族長」の最後の決断はそれゆえに美しい。人間としての自由はどこにあるのか。体制が強くなる一方、電子社会の中で孤立が深まる現代。共通する視点を感じる。

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