スケボの岡本碧優 小6で下宿生活、コロナ禍を乗り越え挑んだ夏

スケートボード女子パーク決勝の演技後、選手たちに担がれる岡本碧優=有明アーバンスポーツパーク
スケートボード女子パーク決勝の演技後、選手たちに担がれる岡本碧優=有明アーバンスポーツパーク

東京五輪の新競技、スケートボード女子パークは日本勢が金、銀の両メダルを獲得した。しかし、その表彰台に、優勝候補といわれていた15歳の岡本碧優(みすぐ、MKグループ)の姿はなかった。最後まで金メダルを狙い、果敢に大技を決めにいった結果、4位に終わった。スケートボードで世界を目指すため、小学6年で親元を離れ、下宿生活を送った。新型コロナウイルス禍でのモチベーション低下を乗り越えて、たどり着いた舞台だった。

岡本は兄の影響で小学2年で競技を始めた。「もっとうまくなりたい。世界で活躍したい」と小学6年だった2018年12月、愛知県の親元から離れ、岐阜県内にあるアジア大会パーク男子優勝の笹岡建介(MKグループ)の自宅で下宿生活を送ることを決意した。「何でも軽く考えてしまう性格。『大丈夫だから』と言い続けた」。当初は「そんなに甘くない」と猛反対した両親も、最後はその熱意に根負けした。

下宿を続ける条件は、小学校卒業までに、体を1回転半する「540」を成功させること。当時、女子では誰も成功していない大技だった。恐怖心との戦いが始まった。「『今日は頑張ろう』と思って家を出ても、いざ競技場に着くと怖くなって『やっぱり無理』というのを毎日繰り返した」。何度もあきらめかけたが、泣きながらトライを重ねた。同年1月に初成功したときは、うれし涙が出たという。

東京五輪のスケートボード女子パークの岡本碧優=有明アーバンスポーツパーク(川口良介撮影)
東京五輪のスケートボード女子パークの岡本碧優=有明アーバンスポーツパーク(川口良介撮影)

この大技を武器に19年の五輪予選対象大会は4戦全勝と敵なし。金メダル候補の筆頭として東京五輪を迎えるはずだった。しかし、状況が一変する。コロナ禍で五輪が1年延期になった。パーク(練習場)も閉鎖された。「身近な目標がなくなってモチベーションが下がった。ずっとダラダラしていた」。数カ月間、引きこもりのような状態に。パーク再開後も、練習に身が入らなかった。

ようやく本腰を入れたのは今年1月。落ちた筋力を取り戻すことから始めた。腕立て伏せや腹筋、歩道橋でのダッシュ…。「きつかった」と振り返る。今年5月の五輪予選最終戦は3位に甘んじた。この1年で「540」を乗る選手が出てきた。「自分の強みはエアの高さ。まだ、少し負けていない」。負けず嫌いに火が付いた。

東京五輪のスケートボード女子パークの岡本碧優のエア=有明アーバンスポーツパーク(川口良介撮影)
東京五輪のスケートボード女子パークの岡本碧優のエア=有明アーバンスポーツパーク(川口良介撮影)

自らを奮い立たせ、たどり着いた大舞台。岡本は、他の誰よりも高く、美しいエアを飛んだ。予選は1位で通過した。

決勝は予選よりも難易度を上げて臨んだが、1、2本目と転倒。なかなか得点が伸びない。暫定4位で、ラスト1本を迎えた。無難に滑っていれば、メダルには届いただろう。しかし果敢に大技を決めに行き、最後の最後で、転倒した。

「(目標は)金メダルを取るというよりも(予定していた)滑りをちゃんと滑り切ることだった。できなかったことが悔しい」

メダルには手が届かなかったが、大技に挑んだ姿は、ライバルたちの心を動かした。転倒して涙を流す岡本の周りには、各国のスケートボーダーたちが駆け寄った。肩車をされた15歳は、少し照れ臭そうに泣いた顔のまま、笑った。(運動部 神田さやか)