「戦争」問うBC級戦犯の遺書など保存 福岡・嘉麻市


「戦争さえなかったら」

28歳の藤中さんは死刑執行の前日、一昼夜かけて遺書をしたためた。両親や妻、2人の幼い息子に宛てた遺書は便箋に21枚。一家の今後を案じながら、息子には「父はなぜ死んで逝(い)かねばならないのか」と問いかけ、「戦争さえなかったら、命令する人もなく、父が処刑されるような事件も起こらなかったはず」としている。さらに「いかなることがあっても『戦争絶対反対』を子にも孫にも叫んでいただくとともに『世界永遠の平和』のために貢献していただきたい」と記している。「戦争絶対反対」「世界永遠の平和」を太字で強調しているのが印象的だ。「南無阿弥陀仏」で始まった遺書は約7千字。昭和25年4月6日午後9時25分の日時に続き、「あと3時間」という言葉で終わっている。

「21世紀への遺言」

藤中さんの遺書は平成8年、「庶民の戦争の記憶を語り継ごう」と、戦争資料を集めて開館した碓井平和祈念館に寄贈された。同館は「スガモプリズン 21世紀への遺言」と題したコーナーを設け、遺書を常設展示している。8月中は新型コロナウイルス感染拡大を受け休館しているが、このコーナーでは戦犯として処刑された人たちの遺書、遺稿701編を集めて出版された「世紀の遺書」も紹介している。

また、福岡大空襲などに伴い捕虜を処刑した西部軍事件で、死刑判決を受けながら、その後減刑された元陸軍主計大尉の日記なども展示。加害者は被害者でもあるという戦争の持つ矛盾と本質を問い続ける。

【BC級戦犯】 極東国際軍事裁判(東京裁判)では「平和に対する罪」のA級戦犯として、東条英機元首相ら7人が死刑となった。これに対してB級は「通例の戦争犯罪」、C級は「人道に対する罪」。横浜裁判では、将校や兵士51人がBC級戦犯として死刑となった。神奈川県弁護士会が昨年春から審理の検証作業を進めるなど、軍事法廷に光を当てる動きが出ている。(永尾和夫)

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