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酪農王国の夢 ふたたび 八丈島(東京都八丈町)

太平洋が一望できる「ゆーゆー牧場」。牛舎はなく、30頭あまりのジャージー牛が自然放牧されている
太平洋が一望できる「ゆーゆー牧場」。牛舎はなく、30頭あまりのジャージー牛が自然放牧されている

東京から船で10時間、南方約287キロに位置する八丈島(はちじょうじま)に着く。紺碧(こんぺき)の太平洋に浮かぶ国境エリアの島だ。亜熱帯植物やハイビスカスが島を彩り、南の島独特の雰囲気に圧倒される。島の北西部には八丈富士、南東部には三原山がそびえる。

八丈富士の中腹にある町営の「ふれあい牧場」からは、雄大な島の風光が一望できる。のどかに牧草をはむ牛たちは気持ちよさげだ。

かつて八丈島は酪農王国であり、多くの牛と酪農家がいたという。

牛の飼育は江戸時代に始まる。主に人や荷物の運搬や農耕に重宝され、飢餓の際には食料として人の命をつないでくれた。多くの民家にはマヤと呼ばれる牛小屋もあったそうだ。お盆には牛と牛が角を突き合わせる「牛角力(うしずもう)」という娯楽もあった。

大正から昭和にかけて酪農の生産はピークを迎えるが、次第に衰退し、平成末期には民間の酪農家は消滅寸前となる。

平成23年、乳製品加工工場の「楽農アイランド」を経営していた小宮山建(たけし)さんは、島の酪農を残したいと自力で直営牧場「ゆーゆー牧場」を立ち上げる。山坂の多い島の地形に適した自然放牧を始め、牛種はジャージーにした。

島の未来を見据える小宮山さんは「〝食と動物〟は旅の目的になる。愛らしいジャージー牛の自然放牧なら、酪農も若い世代が受け継いでくれると思った」という。牛の餌は、古くから島の人がススキを改良して作ったマグサを使う。冬でも枯れないのが特性だ。

その後、ホテル経営の歌川真哉さんが楽農アイランドの事業を引き継ぎ、平成26年に「八丈島乳業株式会社」を創業した。歌川さんは、ホテルの食事で乳製品を提供するだけでなく、肉牛の飼育や牛糞を使った肥料で育てた野菜栽培も視野に入れている。「ホテル、酪農、飲食をつなげ、八丈島と本土の交流を促進したい」と話す。

移住者で八丈島乳業の立ち上げに尽くした魚谷孝之さんも、プリンやアイスなどジャージー牛乳の加工品を考案し、現在は独立してチーズ工房をオープンさせた。

日本唯一にして初の〝ジャージー牛の島〟では、それぞれの思いと情熱が出合い、大きな原動力となっている。「酪農王国」の復活と、さらなる進化が期待されそうだ。

アクセス 東京・竹芝桟橋から東海汽船の大型客船が運航している。羽田空港からの空路もあり、所要時間は片道約55分。

プロフィル 小林希 こばやし・のぞみ 昭和57年生まれ、東京都出身。元編集者。出版社を退社し、世界放浪の旅へ。帰国後に『恋する旅女、世界をゆく―29歳、会社を辞めて旅に出た』(幻冬舎文庫)で作家に転身。主に旅、島、猫をテーマにしている。これまで世界60カ国、日本の離島は100島を巡った。